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「新司法試験制度と司法修習制度」 法律時報増刊「司法改革V 120頁
新司法試験と新司法修習
(桐蔭横浜大学教授)弁護士 遠 藤 直 哉
1. 法科大学院を中核とする法曹養成制度
 司法改革審議会は、21世紀の司法を支えるに相応しい質・量ともに豊かな法曹を養成するために、抜本的改革案を提示した。以下『』で司法改革審議会の意見書を引用し、これを解説しつつ、今後の課題を検討する。
法科大学院の教育理念の内、核心といえるものは、『理論的教育と実務的教育を架橋するもの』としての高度な教育を実現することである。現在までの制度の中に、理論的教育としては、従前の研究者による研究の成果に基づく法学部教育があり、実務的教育としては法曹三者による司法修習がある。この二つを法科大学院が取り込むとしても、これに止まらず、従前の狭い解釈論中心の教育から、新しい批判的教育への発展を目指している(注)。その背景には、法学部のマスプロ教育、司法修習の実務追認教育への強い批判があり、これらを廃止して新しい法科大学院教育を創出すべきであるとの発想があったからである。米国型3年制ロースクールをモデルとするものである。しかし、司法改革審議会は、基本的には同様のスタンスに立ちつつも、短期的大改革は困難との見通しの下に、漸進的改革を打ち出し、『法学教育、司法試験、司法修習を有機的に連携させた「プロセス」としての法曹養成制度を新たに整備すべきである。その中核を成すものとして、法曹養成に特化した教育を行うプロフェッショナル・スクールである法科大学院を設けるべきである。』という。すなわち、法科大学院を『新た』に法曹養成の『中核』として、これに『特化』した教育機関として、創造するという。法科大学院のプロセスとしての教育を中心とすべきであり、その結果、司法試験と司法修習の役割は減少する。法科大学院の教育内容は、従前の法学教育を乗り越えて、『批判的・創造的思考力』『問題解決能力』『先端的法領域への理解』『法曹としての責任感や倫理観』を育成するものとなる。以上によれば、研究者の側には、自ら、主体的に従前の狭い法学教育を改革していく絶好のチャンスを与えられた。
これに対して、従前の法曹養成の中心をなした司法試験・司法修習は、上記の様々な能力の開発にとって限界があり、『国民の社会生活上の医師』を多く生み出したかは疑問であり、『豊かな人間性の涵養、向上』にも必ずしも十分ではなかったということである。それ故、法科大学院の創設により、従前の司法試験・司法修習の歴史的役割は終えたものと考えられるのであり、今後の新司法試験・新司法修習は法科大学院の教育内容との関係の中で、新たに位置づけられるべきこととなった。
2. 新司法試験
 司法改革審議会は、新司法試験について『「点」のみによる選抜から「プロセス」としての新たな法曹養成制度に転換するとの観点から、その中核としての法科大学院制度の導入に伴って、司法試験も、法科大学院の教育内容を踏まえた新たなものに切り替えるべきである。』という。法科大学院のプロセスとしての教育を強調すれば、イギリス、カナダのように司法試験を不要とするか、またはその役割を著しく低くすることもできる。この点、司法改革審議会も『法科大学院において充実した教育が行われ、かつ厳格な成績評価や修了認定が行われることを前提として』その上で、『修了者の内相当程度(例えば約7〜8割)の者が新司法試験に合格する』ような制度にするという。新司法試験を実施するものの、原則としては、その役割を一定の限度に止めているものと考えられる。その意味は、プロセスとしての法科大学院の教育の一環としてとらえるということが分かりやすい。換言すれば、法科大学院の教育の成果の確認という意味である。具体的には、司法改革審議会は『新司法試験は、例えば、長時間をかけて、これまでの科目割りに必ずしもとらわれずに、多種多様で複合的な事実関係による説例をもとに、問題解決・紛争予防の在り方、企画立案の在り方等を論述させることなどにより、事例解析能力、理論的思考力、法解釈・適用能力等を十分に見る試験を中心とすることが考えられる。』とする。双方向的・多方向的教育の成果の確認である。しかし、上記例示(説例方式)の試験は、民事・刑事を中心とする六法(必修科目)からの回答をイメージしていることは明らかである。私見によれば、これに加えて、右設例問題に対して、選択科目である特別法、基礎法学、外国法、政策論の知見を下に論述(回答)することも評価の対象とすべきである。複数の審査員によれば可能であろう。学生によって、選択科目は異なるわけであるが、『多種多様で複合的な事実関係による説例』であれば、回答において多様な論述となり、多角的視点が提示され、学生、審査員にとって単なる回答と採点ではない、価値ある作業となるであろう。このような評価方法では、採点をすることをやめ、合格、不合格だけを決定すればよいこととなる。評価に不公平は発生しないし、労力もかからず効率的でもある。
これに対して、法科大学院において充実した教育がなされず、厳格な成績評価や修了認定がなされないときには、新司法試験は法科大学院の科目全般にわたり、難しい試験を課すべきであるとの発想になるかもしれない。しかし、多方向的授業の代替となるわけでもなく、またしても点のみによる選抜に回帰してしまうし、法科大学院の授業自体も試験目的のために歪められることになり、妥当とはいえない。
3. バイパス受験
バイパス受験とは、法科大学院を経由しない者にも、新司法試験の受験資格を与えるものである。司法改革審議会は『経済的事情や既に実社会で十分な経験を積んでいるなどの理由により法科大学院を経由しない者にも、法曹資格取得のための適切な途を確保すべきである。』という。予備試験・能力審査をパスしたときには、新司法試験受験資格を与えるという。初めての新司法試験実施(2005年度)後5年間程度現行司法試験が続行され、この移行措置の終了後にバイパス試験が予定されている。前述したとおり、法科大学院のプロセス重視型教育を強調すれば、バイパスは認めるべきではないことは明らかである。その代わり、法科大学院への入学への道を広げ、中卒・高卒でも入学を可能とすること、夜間制・単位制を備えること、財政的支援を充実させること等の救済措置を置けばよい。それ故、仮に、例外的に法科大学院を経由しない者にも受験資格を付与する制度(バイパス)を置くとしても、法科大学院のプロセス重視教育の趣旨(一発試験では能力・技能を評価し得ないとの趣旨も含む)を没却しないために、予備試験は、幅広い教養・語学力の試験、法科大学院の必修科目・選択科目に関する択一・論文・口述試験等により、法科大学院の教育レベルに合わせた(法科大学院のプロセスを通過した者と同等の実力を有すると評価し得る者であるかをチェックする)相当に困難な試験とし、極めて狭き門にすべきであろう。なぜなら新司法試験は、法科大学院の教育に緊張感を与えるものの、その成果を確認する趣旨での資格試験(いわゆる落とす試験ではない)であるので、バイパスを設けることにより新司法試験をゆがめてはならず、逆にバイパスの予備試験が極端に厳格なものとならざるを得ないからである。
4. 新司法修習
 司法改革審議会は、実務的教育についての法科大学院への移行、修習生の増加に伴い、修習制度の将来的変質も盛り込んでいる。すなわち司法改革審議会は『新司法試験実施後の司法修習は、修習生の増加に実効的に対応するとともに、法科大学院での教育内容をも踏まえ、実務修習を中核として位置付けつつ、修習内容を適切に工夫して実施すべきである。』という。
短期的課題としては、修習生の増加に伴い、修習期間1年半を維持することは困難となり、1年とすることが有力となるであろう。また、増員に伴い、集合教育については、その質が低下せざるを得ず、また教員の確保も困難となってくる。司法改革審議会のいうとおり、少なくとも前期修習は法科大学院へ吸収され、廃止されることとなる。
 実務修習を中心とするとしても、裁判修習・検察修習は従前から受け入れが困難といわれてきたので、弁護修習を中心とすることとなろう。実務法曹の大半を担うのが弁護士である以上、順当といえる。弁護修習においては、法科大学院を修了した者としての研修である以上、弁護士の監督の下に業務をする権限を付与することとなろう(諸外国の例を参考にすべし)。
 中長期的課題としては、実務修習は複線化し、修習生の選択により、弁護修習、裁判修習、検察修習をはじめ、法律扶助協会、公設事務所、官庁、企業での研修、外国での研修など、各修習生が独自に作成した修習目標・計画に沿った柔軟な修習も可能となるであろう。法科大学院卒業生が増加し、かつ法科大学院のエクスターンシップ・クリニックが拡充したときには、少なくとも3年制法科大学院卒業生には、司法修習を選択制とすることもあり得る。司法修習の給費制は維持が困難との見方もある。給費制がなくなれば、法科大学院のエクスターンシップ・カリキュラムの充実・整備に合わせて、司法修習は廃止されるであろう。仮に法科大学院卒業生に実務修習の不足が懸念されるならば、有給の研修弁護士制度を発足させる可能性が高まる。
5. 結論−短く、安く、効率よく
(1) 本稿では、できる限り分かりやすく将来的方向を描いてみた。しかし、司法改革審議会が漸進的改革案を提出したため、一般には将来像が見えにくくなり、現在発表されつつある案、構想は、一般市民、学生ばかりでなく、関係者にも分かりにくいものとなっている。すなわち、法学部(3年卒業・飛級もある)、統一の適性試験、法学既修者選抜の法律科目試験、法科大学院(3年制、2年3年併存制)、司法試験、バイパス、司法修習である。各制度の目的、理念が不明確となり、屋上屋を架す極めて非効率なものとなっている。世界的に稀にみる不可解な制度となりつつある。聡明な大学関係者からですら、新司法試験、新司法修習の内容を決めてくれないと、法科大学院の内容も決められないとの声も聞かれる。残念ながら、本末転倒の発想といえる。司法改革審議会は3年制法科大学院を大原則としたのであり、これを尊重して、この3年制を早期に打ち出すことが積極的解決策といえる。3年制であれば、必修科目、選択科目、実務的科目の充実がバランスよく、かつ効率的に計れる。法科大学院の内容を決めてしまえば、新司法試験の内容についても大学関係者が主導権をとれることとなる。そして、早い時期にクリニック・エクスターンシップの充実も可能となり(さらに、研修弁護士制度の導入)、司法修習は完全廃止され、法学部は政経学部等に転換される。そのとき学生は、真に法が社会でダイナミックに機能し得ることを知り、自ら法を創造し、人々を救済するために、意欲をもって法曹として旅立つであろう。
(2) すなわち、具体的にはどのような制度が最も短く、安く、効率よく、わかりやすい制度かを述べたい。
 
[1] 法科大学院三年制一本とする。入学選抜も一本化し、適性試験、学部成績等によるものとし、法律課目試験をしない。
[2] 法学部三年卒業制についても、現行の早期卒業と飛び級とを一本化し、憲法、基礎法、外国法を含めるが、実定法課目を除外した必要単位数を決め、法科大学院用三年卒業制を新設する。
[3] 司法修習は廃止し、研修弁護士制(開業制限)として、各弁護士事務所が給与を支給する。
[4] 司法試験は合否のみ判定する。
[5] バイパスは出来る限り狭くし、なるべく早く廃止する。

以上により、学者・法曹は、試験や修習に無用な時間を取られることを避け、本来の研究、教育、裁判等に専念出来るようにすべきである。
Simpler is Better!
(注)遠藤直哉「ロースクール教育論」第2章(信山社、平成12年)