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生殖医療に対する刑事罰に反対する
-田中温委員を含む専門委員会の限界について-
法学博士・桐蔭横浜大学教授 
弁護士 遠 藤 直 哉
[(本稿は、2001年10月14日妊娠・出産をめぐる自己決定権を支える会(FROM)第1回総会報告(改訂版)である)]


第1. 厚生科学審議会の役割
「生殖補助医療技術に関する専門委員会」には、非配偶者体外授精を実施していた田中温医師が含まれていた(根津八紘著「代理出産」(小学館文庫)183頁の記述は、根津医師が現実に田中医師に非配偶者間体外受精を数回依頼し、田中医師が実施したとの手紙等の証拠に基づくものである)。しかし、田中医師は委員会では最後までこれを公表しなかった。なぜ専門家として委員に選ばれながら、その経験を基に、根津医師からの聴取に際して、前向きの対話が成立しなかったのであろうか。2年以上をかけても不充分な調査しかし得なかったことが証明されたといえる。それ故、このような閉塞状況を改善しなければならず、それにより開かれた状況の中で、正確な情報を得るために、進行している生殖補助医療の実態調査を、早急に患者・医師から行うべきである。実施されている技術の目的、方法を公表させ、検討することが目的であるから、日本産科婦人科学会には会告違反の下に制裁をしないこと、根津医師の除名も直ちに撤回させること、日本医師会には母体保護指定医を取消さないこと、法務省には公正証書原本不実記載罪も適用しないこと等の方針を出させるべきである(厚生労働省はそのような指導をすべきである)。
非配偶者間対外授精等の許容について、3年を待つことなく、多くの実施している医師を含めて検討し、暫定的ルールをつくるべきである。

第2. 理由
1. 専門委員会の代理懐胎刑事罰の結論
「生殖補助医療技術に関する専門委員会」は、充分な調査検討をすることなく、代理懐胎を施術する医師に対する刑事罰の方針を決定した。生殖補助医療に対する法規制の中で、刑事処罰を用いることは最も後進的な稚拙な方法である。歴史的には姦通・ホモ・売春・堕胎・飲酒など、刑事処罰によっていた。しかるに、@被害者なき犯罪であること。A保護法益を社会的法益としつつ現実には個人の自由を弾圧することとなること。B道徳や倫理自体を国家権力が決定することとなること、などの理由により現在では個人の自己決定権に委ねられ、原則として刑事罰を課せられないこととなっている。
(注)イギリスのバトラー婦人は「売春婦の救済には警察権力の統制ではなく、教育と倫理に基づく政策」を訴え、当事者の非刑罰化と営業犯のみの刑罰化への政策を実現させた。
バーン&ブーロー『売春婦の社会史 古代オリエントから現代まで』400頁以下
2. 当事者の欲求と必要性
姦通罪が廃止されたのは、@人々の欲求が広範にかつ強いことである。A刑事罰をもってしてはこれを防止する事が出来ない。B刑事罰は一罰百戒、いわゆる生け贄を出すことであり、ごく僅かの者が処罰されることにより極めて不平等な政策となる。C女性を差別・虐待することとなった。生殖補助医療も同様であり、出産の阻害されている者にとって、子を持つことに対する欲求は極めて強い。そしてこのことは単なる性行為の自由の問題だけではなく、社会を維持させるためにより積極的に保護されている価値である。妊娠・出産についての価値が肯定される以上、子供の福祉と利用者の範囲(シングルマザー・ホモ・高年齢)などの付随問題を検討すればよいだけである。刑事罰により非合法化される場合には、いわゆる水面下で実施され、自由な情報の流れが阻害され、建設的な意見交換が出来なくなる。それ故、基本的には当事者の自己決定権を尊重したルール作りが必要となる。この場合には、教育における指針、医師グループにおける基準などの緩やかな柔軟な政策、可変的法令の利用が最も好ましい。しかし、紛争の最終的決着が図られる場合には、民事的規制によることも妥当である。例えば、代理懐胎において「子の母は代理母か依頼した母か」という問題でもある。このような問題を民事訴訟または民事陪審で決定していくことは極めて健全なやり方である(但し、AIDの時代から、子供は大切に養育され、かつ紛争も全くといっていい程起こっていない)。紛争を起こさないように刑事罰に頼るならば、抑圧、非合法、搾取、被害発生などの状況が生まれる。
(注)諸外国でも、有料の斡旋行為を除けば、運用を含め刑事規制はなきに等しい。
総合研究開発機構・川井健共編『生命科学の発展と法』(有斐閣 2001年)206頁
3. 生殖医療の必要性と患者の救済
  (1)  人工授精の時代
  [1] 精子提供(AID) (第三者の精子、妻の卵子)
    1948年に慶応病院で始められた。戦争帰りの多く男性に無精子症が存在した。マラリア、テング熱等の熱病、傷害を負った者であった。
  [2] サロゲート・マザー(夫の精子、代理母の卵子)
(完全代理母=卵子提供型代理母)
    卵巣機能不全の女性又は(及び)子宮のない女性の救済。
  (2)  体外受精の時代
  [1] 精子提供(第三者の精子、妻の卵子)
  [2] 卵子提供(夫の精子、第三者の卵子)
    卵巣機能不全の女性の救済(上記(1)[1]より救済ははるかに容易となった。)
  [3] ホスト・マザー(夫の精子、妻の卵子)
(部分代理母=借り腹型代理母)
    子宮のない女性の救済(上記(1)Aより救済は進んだといえる。)
    (注) 卵巣と子宮のない女性のための代理母は完全代理母ではなく、第三者の卵子の提供をうける部分代理母が妥当であろう。
4. 生殖医療の急激な進展と抑圧的状況
生殖補助医療は、最近50年間急激な進展を遂げている。コンピューターなどの急激な進歩が人々の目にビジュアルに映るのに対して、不妊治療についてはカップルの内約1割の多数であるのに、原則として秘密裏に進められている。そのために一般社会における認知度は極めて低い。避妊に悩む人々の状況が充分に開示されていないということ自体に問題があり、医師・ジャーナリスト・法律家・行政官はまず情報を開示することが重要である。そのような意味では、刑事罰を論じる以前の問題といわなければならない。そして医療技術が急激に進展しているため、これに関与する医師・患者と社会の意識は大きく乖離することもある。しかし、日本においてこの不幸な状況を生み出した大きな原因が2つ存在する。[1]母体保護法(旧優生保護法)に基づき、中絶を取り扱う事の出来る母体保護指定医(旧優性保護指定医)が認められてきた。日本医師会にこの指定の権限が与えられてきた。この指定医の認定を受けるためには医師会と日本母性保護産婦人科医会の会員である必要がある。そのため日母と強く関係する日本産科婦人科学会は、産婦人科医師をコントロールする強大な権限を与えられることとなった。これらの学会のルールに従わない場合には、母体保護法指定医が取り消されるという可能性が生じた。そのため、この制度は刑事罰と同様な効果を生み出すこととなった。[2]出生証明書を医師が作成するについて、ときに公正証書原本不実記載罪を適用する誤った法解釈や法の運用を行うとの後進性を示してきた(極めてまれではあるが、菊田医師に対する罰金刑の例がある)。
上記[1][2]の結果、非公認の形で、多くの人工授精・体外受精、代理懐胎が進行することとなった。このような刑事制裁的運用は、すべて直ちに止めなければならない(現に根津医師のように堂々と社会に訴えると、上記の抑圧もしえなくなる)。
5. 根津医師を含む先駆者たち
日本においては、不妊に悩む人々に直面した医師がこれを解決してきたが、全て非公認下においてなされてきた。菊田医師(実子斡旋)、慶應大学医学部の安藤教授・飯塚教授(AID)、鈴木教授(体外受精)、長野県の根津医師らである。そして、北九州市のセントマザー産婦人科医院の田中温医師も、根津医師と協力して非配偶者間体外受精を実施してきた。また鹿児島大学では会告違反のパーコール法を実施してきた。しかし、田中温医師に見られるように、専門委員会委員として出席し、議論に加わっても、施術した非配偶者間体外受精の必要性、安全性等を公表しなかった。多くの医師が水面下でこれを実施する事態となり、公に議論したり検討しえなくなった。代理懐胎に至っては、日本の実施の実態を全く調査検討できないままに終わっている(日本でも人工授精の時代から、その必要性によりサロゲートが行われてきたことは、強く推定される。(注)金城清子「生殖革命と人権」69頁以下)。
そもそも、日産婦の会告や法令により公認された後に、技術開発をするものではなく、技術が完成し成功した頃に公表させつつ、事例を取り上げ検討し、ガイドラインを作っていくべきである。日産婦の会告が出てから実施が許されるというわけではない。
6. 応答的法
ノネとセルジニックは法の発展形態を[1]抑圧的法A自律的法[3]応答的法と分類した。[1]抑圧的法とは刑事罰中心の恣意的サンクションを中心とする制度である。国家による道徳の強制をも特色とする。国から母体保護法指定医の特権を付与された医師グループは、刑罰と同じ抑圧を医師、患者に与え続けてきた。[2]自律的法とは、人の支配から近代的な法の支配へ移行を意味し、適正手続により成立した法と秩序の下で、自由と権利が自律的に保障されるシステムである。しかし、適正手続の困難性、法への盲目的服従義務の弊害、社会変動へ対応しえない欠陥などを内包している。悪法に従うべきかの問題は依然として解決しえない。専門委員会はまさに、時間をかけて検討したとの手続をもって、正当性を付与しようとして自律的法への意向を示した。しかし、日本における抑圧的状況の何らの改善なくして、田中温委員自身の状況の報告すらないまま終了し、今まさに悪法を作り出そうとしている。自律的法の形式のみ整えただけで、適正手続を充足させたとはいえない。[3]これに対して応答的法とは、人々の意識・意見・自由を尊重しながら、国家が人々と共に絶えずこれを吸収しつつ、民主的に法制度を運用していくものである。テクノロジー・医療技術などの法律の在り方は、まさにこのような柔軟な応答的な方法による制度構築が必要とされる。すなわち、社会のニーズ、必要性、目的に応じた法を作り、硬直化した運用をさけ、可変的ルールを発展させるのが応答的法であり、まさに、生殖補助医療では、[1]も[2]も排し、この最も進歩した考え方に立たなければならない。
(注)P.ノネ&P.セルズニック 訳:六本佳平『法と社会の変動理論』(岩波現代選書 1981年)
7. 可変的ルールの内容(子の福祉)
医療技術の進展に伴い、ルールを柔軟に適用できるように可変的なものにする必要がある。解釈適用の幅の広いガイドライン的なものにするべきである。但し、重要な事項は下記の通り、ほぼ確定しつつあると考える。
  (1)  親の決定
    生殖補助医療を利用する者(夫婦)である。
精子・卵子の提供者、代理母は親とはいえない。
  (2)  出自を知る権利
    精子、卵子の提供者が第三者の場合には、第三者の氏名を知る権利は必要なく、結婚、治療などの特別な目的のために提供者の医学的情報等を知る権利と考えるべきである(親族が提供者の場合には、知る権利に含めても差し支えない)。
  (3)  生殖補助医療利用への理解(告知)
    子供に対して生殖補助医療を利用したことを徐々に理解させるなど、精神的ショックを和らげるためのカウンセリングは必要といえる。