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根津訴訟
訴訟報告
日本産科婦人科学会の会告とは何か
  ---根津医師裁判の報告 弁護士 弘中絵里
私は,他の弁護士と共に,根津八紘医師(以下「根津医師」といいます)の代理人として,日本産科婦人科学会(以下「日産婦会」といいます)が行った根津医師に対する除名処分につき,無効確認を求める訴訟(以下「本件」といいます)を担当してきましたので,その経緯についてご報告したいと思います。

1 本件では主に,@除名処分の基礎となった,いわゆる「昭和58年会告」(「非配偶者間体外受精を禁じた規定」と一般的にいわれているもの))が除名の根拠足り得ないことA除名処分手続きが違法であることを主張して争いました。

[1]昭和58年会告が除名の根拠足り得ないこと
最初,「会告」とは日産婦会が作った「決まり」の1つであり,それに違反したこと自体が少なくとも形式的には除名事由に該当するのだろうと私自身も思っていました。ところが,裁判官から「会告とは何ですか?日産婦会の定款等のどこに会告に関する規定があるのですか?会告が除名事由になるのはなぜですか?」という釈明があったのを機に,「会告」とは何なのか疑問に思い始めました。
 この裁判官からの釈明に対し,日産婦会も会告の定義に関して明定した証拠を提出できないでいました。要するに,「会告」というのは日産婦会誌の巻頭に載せる,被告学会からの「お知らせ」に過ぎないのです。日産婦会定款に定められた除名事由は「評議員会もしくは総会の決定に違反したこと」であり,「会告に違反したこと」ではありません。要するに「昭和58年会告が評議員会もしくは総会の決定か」が重要だということが判明しました。
 昭和58年会告を見るに,昭和58年会告には,どこにも「これが評議員会や総会の決定である」という記載がありません。記載されているのは「理事会の承認を受けた」ということだけです。また,昭和58年会告が制定されたと日産婦会が主張する,当時の評議員会や総会の議事録及びそれ以降の全ての議事録を精査しても,昭和58年会告が評議員会や総会の決定であることを示す文言は見あたらず,単に「昭和58年会告を日産婦誌に掲載した事実」が報告されているだけでした。
 さらに,昭和58年会告等の文言を見ても,「以下の点を留意されたい」「会員に勧告する」「注意を喚起する」というような言葉が用いられており,会告の内容を会員に強制するという意味には理解できません。また,会告に違反すれば処分を受けるとはどこにも記載されていませんでした(なお,この点は本件除名処分の後になって,「会告を遵守しない会員に対しては…その内容により定款に従って適切な対処を行います」という記載が付加されました)。つまり,文言上,昭和58年会告は生殖医療を行う上での指針,ガイドラインを示したものにすぎず,違反したからと言って会員を処分するようなものとは解釈できないのです。さらに,平成10年4月20日の理事会で,会告について今後罰則を設けるか否かが話題に上っており,このことは,罰則規定のない現状では,違反しても処分されないことを示しています。
 このような事実からして,日産婦学会の会員は,あたかも昭和58年会告を初めとしたいわゆる「会告」が,日産婦会の「決まり」であるかのように思いこまされているけれども,法律的な観点から見ると,会員を拘束するような要件を満たしてないのではないか,と強い疑念を抱くようになりました。

3 [2]除名手続きの違法性
 そのほか,裁判では除名手続きの違法性についても主張しました。この中で最も問題になったのは,除名決議の際に用いられた評議員が提出した委任状の存否でした。今回の除名決議は,臨時に開かれた評議委員会であるとは言え,通常の評議員会に比べて出席者が圧倒的に少なく,委任状による参加者が70%以上を占めていました。ですから委任状は決議の有効性を示す重要な証拠にあたるわけですが,その委任状は行方不明ということで,審理の最後まで日産婦会から提出されることはありませんでした。
 50年も存続している日産婦会の歴史において,会員を除名するのは初めてのことです。また,日産婦会にはほとんど全ての産婦人科医が所属しており,会告の違反者が除名されることになれば,その影響力ははかりしれません。ひいては患者の生殖医療を受ける権利を侵害することにつながります。そのような重大な決定をする際には,除名処分だけを先行させるのではなく,昭和58年会告の妥当性を改めて議論するべきだったのではないかと思います。執行部の意見に反対する者は即排除する,というやり方では,民主主義的な議論の発展はあり得ないと思うからです。

4 非配偶者間体外受精の是非
 裁判においては,諸外国の事例と比較しながら,非配偶者間体外受精は今となっては認められるべきであるという主張も行いました。しかし,このような実質的な問題については,裁判所は必ずしも積極的とは見受けられませんでした。
ただ,もちろん本件の問題の核心はここにあります。
 この点に関し,日産婦会は,「我が国に『非配偶者間の体外受精』や『代理母』の施術を希望する者が一部に存在することは事実である。しかしそれらの者の希望は,生まれてくる子の福祉を考慮しないだけでなく,生命倫理・国法秩序,社会秩序を度外視する利己的欲求に過ぎない。そして,それらの者たちの利己的欲求が,商業主義的医療,即ち,人道的観点とはかけ離れた営利活動を助長している事実を忘れてはならない」と書面で述べました。私は,この記載を見て愕然としました。これが,日々,患者を診,患者の悩みに耳を傾けているはずの医師が述べる言葉なのでしょうか。「子供を望む」ことが利己的欲求ならば,「長生きしたい」と言って生体や脳死とは言え心臓の動いている体から臓器移植を求めることも利己的欲求なのではないでしょうか。
 私は,まず第一に,自己決定権を尊重しなくてはならないと思います。卵子や精子の提供を望む人がいて,それを提供したいと思う人がいる。それなのになぜ赤の他人がそれを禁止する権利があるのでしょうか。もちろん,適正かつ確実な意思決定ができるために,その場合のデメリットについて,正確な情報を開示されることは必須ですし,意思に反して提供されたり,させられたりしないように制度上の工夫を設けることも必要だと思います。また,子供の福祉を考えて,法的に整備することも必要だと思います。しかし,法的整備がまだだから,非配偶者間体外受精は行ってはならない,というのは本末転倒の議論であり,目的にあわせて法律を変えていけばいいのです。また,生まれてくる子供がかわいそう,という意見も聞きますが,生まれてきて幸福か否かはその子供が決めることであり,赤の他人が決めることではありません。少なくとも,その子供はその生殖医療を用いなければ生まれなかったのであり,生まれない方がよかった,と軽々に断ずることはできないはずです。ともかく,基本的に,子供を持つということは実にプライベートなことで,その人の意思決定を尊重すべき事柄であって,他人がそれに対して口を挟むときは謙虚な姿勢で臨むという基本的な態度が大事であると考えます。