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小児科医過労死労災請求及び訴訟
「医師の過労死の予防と対策」 月刊MMRC 2002年8月Vol.13掲載

1. 社会問題としての過労死
 医師の過労死、特に小児科医の過労が社会問題となっている。
千葉大学研修医を経た女性医師が勤務中に過労死した事件、たまたま同時期に研修を受けた中原利郎医師(千葉大卒)がK病院で過労自殺した事件などが報道されてきた。これらは、いずれも労災請求がされてきた。また小児科医ではないが、関西大学の研修医(耳鼻科)が過酷な労働の下に過労死した事件では、研修医の遺族の訴えが民事賠償訴訟で認められた。これらの事件は全く氷山の一角に過ぎない。表面に出てこない過労死・過労自殺も実に多いし、医師の肉体的、精神的負担は限界にきているといわれている。有名某医学部では、外科医数名が共同して外科医から精神科などに転科してしまった件も発生している。このような状況の中で、医学部学生は、どの科が殺人的、または非人間的職場か、どの科が余裕のあるヒューマンな職場かという検討ばかりをしていると聞いている。
 米国では、既に1984年に有名なLibby Zion事件が発生した。これはニューヨーク市の病院で、18才の女子学生が研修医の過労を原因とした医療過誤で死亡したものである。大陪審は、研修医の過労が原因であるため、刑事事件を不起訴にしたものの、職場条件を改善するよう意見を付した。これが社会問題となり、医師の勤務条件が改善された(注1)。米国在住の日本人研修医望月由香氏は朝日新聞の『私の視点』(平成14年3月24日)で、米国のように日本の医師の勤務条件を改善すべきであると訴えた。このように、日本では医師の過労は従前から続いていたものであることは間違いないことで、ようやく労災請求や訴訟で表面化してきたものに過ぎない。それ故、医師の過労の改善が叫ばれ始めたものの、従前の態勢や意識を早急に改革できるか甚だ疑わしい。
 その一例として、朝日新聞『私の視点』(平成14年4月16日)では、前金沢大学付属病院長は、このような過酷な労働実態に一言も触れることなく、相変わらず、医師は奉仕と犠牲の精神を持ってただひたすら勉強し奉仕しろと言う記事を記載し、これが各界から非常に賞賛されるという状況がある。医師は労働者ではないという観念が、社会ばかりか、特に、医師・医療関係者に強かったことが、現在の悲劇を引き起こしている。医師自身が過労は当たり前と思っていることが、改善を遅らせてきた最も大きな原因である。
日本は明治以来、大量生産の機械文明を輸入し、人々を管理する法律を輸入し、人間のハードたる身体を管理する医学を輸入した。しかし、これは物体の管理にすぎない。ヨーロッパ文明の長い歴史に育まれたヒューマンな文化、変化する社会状況への適応力・創造性、社会の潤滑油たる人間関係をコミュニケートするシステムなどのいわばソフトの面を輸入し得なかった。現在に至り、ようやく社会のあらゆる場面でソフトの刷新が必要とされていることに気づき始めた。
 以上のような大状況を認識した上で、医師・医療関係者・医療コンサルタントは、第一に、医師の過労死を予防する態勢やシステムを徹底的に準備することである。第二に、このような過労予防のシステムが整備されれば、万一過労死や過労自殺と考えられる事件が発生しても、病院経営者側にのみ一方的に責任が負わされることはないので、金銭的にも精神的にも責任は双方に分散されることになる。

2. 過労の予防
 過労死、過労自殺の予防は、第一に過労を予防することが理想的である。医師の実労働時間は、1日8時間、25日労働として月200時間を限度とすべきである。これでも完全週休2日にはならない。特に医師は、診療8時間の他に、研究・研修・学会報告の準備・執筆等が常に伴うものであり、実労働時間が8時間を超えると研究等の作業がさらに睡眠時間を削ることになり、過労が著しくなる。当直は、昼間勤務の2倍の係数をかける等の修正をすべきである。
 最も問題なのは当直の内容である。当直の日数が月に2〜3回であれば問題はないが、これが週1回以上となると、常識的に見ても相当苛酷となってくる。中原医師の場合は、月に6〜7回に及び、医師平均の2倍の当直数となった。当直における睡眠の可能性は、医師の場合にはほとんどないと言ってよい。それ故、工場労働者が当直で睡眠時間が取れる場合とは異なるので、当直は実質労働時間にカウントしなければならない。そして当直は夕方または夜から開始して、翌朝で終了することが常識的である。米国ドラマ「ER」でも医師が朝帰って行く姿がしばしば見られる。この点で日本で異常なのは、当直明けさらに連続して午前中から夕方まで、労働をすることである。小児科の場合には、連続32時間勤務という手厚いサービスがされていると東京都のパンフレットにまで謳われている。罪の意識どころか、宣伝している始末である。これは、常識的にはまことに異常な感覚といわなければならない。工場労働者が三交代制を取っていることに比較しても、もはやこの制度をやめない限り、このことだけで医師の過労死は労働災害を否定しきれない。
 実に分かりやすいネイチャーの論文がある。人間の認知能力は、当直の時間が経過していくときと、酒量が増加するときとで、ほぼ同様に低下していくという実験結果である。つまり、当直医師の診療や治療は、酔っぱらった医師が行っているのと同じということである(注2、下図)。
 過労自体を完全に防止出来ないときには、第二に、過労死、自殺の兆候を早期に発見して、他の医師とは差別してでも、その医師の労働時間を削減する、または、休暇を与える等の処理をすべきである。その兆候とは、医師の勤務状況、精神状態、挙動、表情等により容易に発見しうる。通常は過労の予防という意識を持たないから、気が付かないだけであり、1日8時間労働を厳守していない場合には、その罪の意識をもって医師を観察すれば容易に発見出来る。


3. 過労死の発生時
 不幸にして過労死が発生するときには、突然に事件が発生することとなる。そのときには、医師の勤務時間がどのようものであったかを、正確に把握する必要がある。タイムカードがある時には、原則としてこれにより労働時間を把握できる。そして、タイムカードに記載されていない労働時間がある場合には、これを別途記載する必要がある。タイムカードがない時には、勤務実績表・当直実績表などにより労働時間を把握する必要がある。
当然に労働の質も問題となる。外来の場合には、患者数がどのくらいか、手術の場合にはどのような手術か、当直の回数・時間・内容が争点となる。
 遺族は、法的な権利として労災請求と民事賠償請求をなしうるが、その準備として病院側に証拠保全申立を行うことができる。証拠保全申立がされると、病院に対して裁判所から通知がされ、その通知の1〜2時間後には、裁判所と書記官、申立代理人が訪問する。この時、勤務実態を明らかにする実績表・書類及び診療内容を示す書類の提出を要求され、病院側はこれを提出することになる。この証拠保全により、医師の遺族側の準備が整うこととなる。

4. 労災請求
 遺族側は、上記準備の下に、労働基準監督署に労災の請求をする。遺族の陳述書や、同僚医師・看護婦などの協力を得てその陳述書を提出することとなる。病院側は、労働基準監督署と協議の上、資料の提出を行う。労基署は、過労死の原因を知っている重要な関係者、遺族から直接に聴き取りも行う。通常10ヶ月から1年(場合により1年以上)で労災請求の結論が出されるが、現在は段々と短縮化されてきている。労災請求が却下されると、再審査請求をし、却下されると、さらに取消請求訴訟を提起できる。最近、相次いで原告の勝訴が報道され、過労死の労災請求の救済は広がりつつある。従前は、被害者側の労災請求に会社側が協力しないケースが多かったが、最近では協力する事例も増加している。なぜならば、労災請求が認められれば保険金でまかなわれるのであり、民事訴訟で全損害金を負担させられるのを回避出来るからである。医師の過労死の場合は、病院経営者は特に協力すべきであろう。社会観念からして、奉仕の精神で強制的労働を押しつけておいて、労災請求にも協力しない病院はあまりにも非人間的と言わねばならない。
 労災請求は、無過失責任であるが、死亡と過労(職場環境)との間に、因果関係がなければならない。過労が原因で死亡したり、自殺したということが必要である。被害者の他の病気、特異体質、職場外の人間関係の悩みなどは、労災が否定される要素となる。そこで、医師は殆どが相当数の当直をし、同じように過労であるのに、全員が死亡しないのに、わずかに死亡した者のみがなぜ因果関係があるといえるのかという疑問が出されるかもしれない。これについては次のような説明ができる。
 第一に、死亡しなくても、鬱病なども労災請求が認められる。あまり知られていないが極めて重要である。鬱病の潜在患者も多数いると推定される。つまり、全員が死亡しなくても、全員が軽度のノイローゼ、重度の鬱病から死亡まで連続的に過労の影響を受けているということがいえる。その意味では、死亡する者は、そのグループの代表選手といえる。
第二に、その代表選手が人格的にも最も真面目で、律儀、実直であることに悲劇がある。中原医師に似た事件として、トヨタ自動車労災認定訴訟がある。トヨタの課長、中原医師は、仕事熱心、人格高潔であり、妻と子供3名というほとんど同じ状況であった。トヨタの課長は、トヨタ全体が同じ様な勤務実態を有していた。しかし、ジャスト・イン・システムという厳しい納期制度があり、新車開発に課せられた責任の重圧がかかっていた。中原医師の場合は、常勤医が突然半減するという中で、責任者とされた。責任感の強い人格ほど、悩み苦しむこととなる。
 それ故、経営者側としては、経営側にとって最も重要な人間を失ったという反省を込めて、立て直しを計らなければならない。かつての労使の抗争の図式とは異なるものであり、対立の意識を持ってはならない。新しい現像であることを認識しなければならない。

5. 民事賠償訴訟
 労災請求は最低保障であり、損害額全額は支給されない。そこで、医師の遺族は、労災請求とは別に、民事賠償請求を行うことができる。労働安全配慮義務違反という債務不履行、不法行為の責任を追及できる。これに基づき、労災請求の不足分である逸失利益、および慰謝料請求を行う。民事賠償訴訟では、経営者側に医師の死亡をさせたことについて、因果関係ばかりか、過失や不注意があったことが必要である。前述したように、労働時間について、月200時間を超える場合には、この超過時間が長くなればなる程、過失の程度は高まっていく。過労自殺については、本人の意志で自殺する場合には、職場環境と自殺との間に因果関係と過失があるといえるのかが問題となってきた。しかし、自殺の原因には重度の鬱病があり、この鬱病が職場環境により発症したものであれば、因果関係と過失は肯定される。自殺する原因となる鬱病か否かは、精神医学を専門とする医師が認定できる。死亡前に精神科にかかっている場合には、重要な参考となるが、通常は死亡後に精神科医が遺族や同僚から聴き取りをすることにより鬱病であったことを確定する。遺族側と病院側も精神科医の認定を尊重すべきである。双方で争う場合には、裁判所が精神科医の鑑定を実施することとなる。

(注1) Internal Medicine Housestaff and Attending Physician Perceptions of the Impact of the New York State Section 405 Regulations on Working Conditions and Supervision of Residents in Two Training Programs(Joseph Conigkuaro et al, Journal of General Internal Medicine Vol.8, september 1993)
  Residents' Hours and Supervision(Robert G. Petersdorf,M.D, Academic Medicine, april 1989)
(注2) Fatigue,alcohol and performance impairment(Nature Vol.388, july 1997)