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-アメリカにおけるアスベスト追放のうごき-

◎人身被害についての損害賠償訴訟
 アスベストの被害者が大量に発見され、彼らがたちあがるにいたったのは、まずアメリカでした。アメリカは世界のアスベストのうち約30%を消費する最大の消費国でした。とくに第2次大戦中には軍艦に大量のアスベストを使用しました。また、建物の暖房施設が充実し、そこにも多くのアスベストが使用されました。その結果、1960年以降、造船所および軍港で働いた労働者、暖房施設を設置したり修理する耐熱材労働者から大量の肺
がんや中皮腫が発生するにいたりました。とくに造船所においては第2次大戦中450万人も働いていた労働者が戦後20万人にまで減少しますが、総計で約1000万人の造船所労働者がアスベストに曝露し、このうち約200万人ががんで死亡すると推定されています。
 このようなアスベストによる疾病を発見し、治療に力をつくしたのは、ニューヨーク・マウントサイナイ病院のセリコフ博士でした。セリコフ博士は、臨床、病理、疫学のすべての分野を統一して徹底した研究をし、これをつぎつぎと発表しました。大量の造船労働者、耐熱材労働者の追跡調査を、労働組合との協力の下に長い期問をかけておこないました。セリコフ博士の下には世界中から研究者が集まり、強力なチームが形成されていきました。このグループはその後、世界のアスベスト追放のための運動の先頭にたちました。
 セリコフ博士の研究に支えられ被害者の労働者がたちあがりましたが、その方法は裁判所において人身被害について製造物責任にもとづく損害賠償訴訟をおこすことでした。1973年にはアメリカで初めてボーレル事件においてアスベストと肺がん、中皮腫の因果関係を肯定した画期的判決がだされました。この判決により訴訟のフラッドゲイト(水門)が開けられたといわれ、これにつづいて津波のようにアスベスト訴訟がおこりました。1985年時点で約6万件になったといわれています。製造物責任訴訟のなかで、単一の物質を原因とするものとしてはアメリカ史上最大の規模となりました。
  アメリカでも、労働者が雇用されている会社にたいし、労災補償金を請求できますが、会杜にたいし民事上の損害賠償請求をすることが禁止されています。そのため、被害者は、アスベストのメーカーおよび販売会社にたいし、製造物責任訴訟をおこしました。アメリカでは、損害賠償金を陪審員が決定するため、日本円で2億∫3億円となることもありました。また、被告がアスベストの害を知りながら製造、販売したことが明らかとなったときには巨額の懲罰的賠償が課せられました。被告となった会社は、世界最大のメーカーであったジョンズ・、マンビル社をはじめ、400社以上にのぼりました。ジョンズ.マンビル社は訴訟対策のために破産申請までおこない、将来の支払額を限定する戦術にでました。また労働者と毎日接触し、その作業服についていたアスベストを吸引した家族やアスベストエ場付近の住民まで肺がんなどになり、損害賠償訴訟で勝訴する事例もあらわれ、いっそう訴訟の範囲が拡大しました。

 

◎ 学校などにおけるアスベスト規制
  アメリカにおいて、未曾有の人身被害訴訟がおこり、重要な法律町題となったあとに、行政庁もつぎつぎとアスベストの規制にのりだすことになりました。とくに学校の建物には大量のアスベストが使用されていることが判明したことにより、つぎには、この学校アスベストの除去が焦点となりました。学校には、年齢の若い多数の生徒が就学しているので、労働者の職業病という枠をこえて、一般市民の被害として大きな社会問題となったわけです。
EPA(環境保護庁)は1982年に300万人の生徒と27万人の教師、職員が飛散するアスベストの校舎で危険にさらされていると発表し、また1984年には、全米の3万1000の学校において1500万人の生徒、140万人の職員がアスベストにさらされているとの調査結果を発表するにいたりました。その経過のなかで、職員労働組合もEPAにきびしい規則制定を要求するなどさまざまな運動が展開されました。結局EPAの最終規則はようやく1987年10月に成立し、これは日本よりはるかに先行し、内容も充実 したものですが、つぎのように約10年問にわたるその歩みは苦難の道であったといわなければなりません。
 まずEPAは、1975年に吹付けアスベストの使用を禁止しました。学校アスベストについては、はじめにニューヨーク州で告発がはじまり、1979年、ニューヨーク州学校アスベスト防禦法が制定されました。EPAは1979年、全米の地域教育機関および学校のために、ガイダンス・ブックを作成し、全米学校アスベスト対策をはじめました。このときすでに将来のアスベスト規制の基本的施策がもレこまれました。
 アスベストは肺がん、胸膜と腹膜の中皮腫ばかりでなく、食道、胃腸その他のがんの原因となるとされています。アスベスト曝露量にかんして、安全な最低基準というものは証明されていないとの重要な前提にたっています。生徒たちは人生のきわめて早い段階でアスベストに曝露されることになり、身体的に危険性が高いばかりか、成人後の疾病の発現の期間も長くなること、生徒の数は膨大であり、かつ活動が活発であるため、アスベストが飛散されることなどからその予防の重要性を強調しています。そこで、無料の指導員を配置して指導したり、ビデオテープなどの資料を使い、教育を開始するなどの方策を実施しました。
 右ガイドラインをうけて1980年には連邦学校アスベスト汚染探知制御法が制定されました。アスベスト曝露が、がんその他の疾病をおこすことを嬰言し、とくに子どもは環境汚染からひきおこされるがんにたいしてきわめて低抗しにくいこと、人問にとってアスベストの曝露量の最低の安全基準というものは医学上確立されてないことを再度確認しました。
 学校においては主として1946年ないし1972年にアスベストが使用されていたことを指摘しました。タースクフォース(調査委員会)を設置し、学校アスベスト汚染の本格的調査をすることにしました。アスベストの探知、除去、封じこめなどの計画を整備しました。これにたいする費用の50%を政府が原則として無利子で貸しつけるアスベスト汚染制御ローン計画を制定しました。
1983年、教育局は1万4000の学校がアスベスト対策を必要とし、1校につき10万ドル、全部で14億ドルを要すると試算しました。しかし、右ローン計画は、教育局と議会が資金準備をしなかったため、適切に実施されませんでした。アスベスト探知あるいは除去に要する費用が不足し、より安価な方法を選択したり、規則に定める計画を無視したりすることが多くなりました。
  EPAによれば、調査した2632校のうち、わずか499校(19%)しか計画を実行しなかったことが判明しました。財政に余裕のある地方教育機関だけが実行できるような状況でした。地方教育機関もこれを設置しておけば、いずれは生徒または職員から訴訟をおこされることとなります。そこで教育委員会はアスベスト.メーカーにたいして損害賠償請求をおこしました。いわゆる製造物責任にもとづいてアスベスト探知、除去、封じこめなどに要する経済的損失を請求したわけです。また、学校が他の施設に生徒を移転させることもあり、これにたいする費用も請求しました。大規模な集団訴訟であるいわゆるクラスアクション訴訟も提起されました。原告は1400の学校を予定し、被告は55のアスベスト関連の会社となりました。
  1984年には学校アスベスト汚染除去法が制定されました。アスベスト除去についての監督を教育局からEPAに移しました。アスベスト除去を要する必要性の強い学校の順にリストアツプし、また知事にたいし、財政援助をする権限をあたえました。20年までの無利子の融資、返済困難な場合には50%までの資金を支給することにしました。この資金について1984年、1985年には各5000万ドル、その後の5年問には各1億ドルを予定しました。完全な除去のためには約150億ドルから300億ドルを必要とすると予測されましたが、それでもいちじるしく計画は進展したといえます。しかし、EPAは、学校側が連邦の資金に依存するとアスベスト・メーカーへの損害賠償請求訴訟がなされなくなることを懸念し、資金援助について消極的姿勢となり、多方面から強く批判されることになります。
  また他方では、学校関係者または父兄は政府および企業からの資金を元に学校にたいし補償させる法案をつくろうとしました。これはアメリカの公害補償責任法(いわゆるスーパーファンド)と同様なものであります。しかし、アスベスト・メーカーにたいし特別に税金を課することと同じになるものであり、議会はこれにたいし消極的でした。ちなみに以前1981年にハート議員がアスベスト・メーカー、タバコ製造者とともに連邦がアスベスト被害者に補償する法案を提出しましたが、これも成立しませんでした。
 このような状況のなかでEPAはついにEPAの規則にしたがわない数十の学校にたいし、アスベストの探知をすることを義務づける民事訴訟在提起しました。ただし、規則を守らせるための威嚇的効果を目的としていたので、費用のかかる除去までを請求していないものでした。そして他方で民事訴訟によらず実効的・強制的な方法でアスベスト除去を可能にする法律の制定にむかいました。
 ついに1986年レーガン大統領はアスベスト汚染緊急対策法にサインしました。これにより、有害物質規制法(TSCA)のなかにタイトルnを追加するかたちで改正がおこなわれました。改正の理由は、アスベストの探知、除去、封じこめをするについて適切な基準や要件がなかったために、危険な作業をしたり、費用がかかったり、効率の悪い作業をしてきたこと、計画を実施する者に資格を必要とするようになったこと、従前の規制においては強力な制裁規定が欠けていたことなどとなっています。
 右改正法は、アスベスト含有物の探知義務および安全かつ完全なかたちでの対処法を定める連邦規則の制定を要求しました。これにしたがいEPAは1987年10月にきわめて詳細な規定をもつ規則を公布しました。すべての地域教育機関が学校の建物中のアスベスト含有物を確認し、アスベスト繊維の放出を抑える適切な措置をとらなければならないこと、地域教育機関は、その活動を管理計画書に記載しなくてはならないこと、その管理計画書をすべての関心ある者が入手できるようにし、州知事に提出しなくてはならないこと、地域教育機関はアスベストの点検の実施、管理計画の作成、アスベスト制御のための大規模な措置の計画および実施には特別に訓練された者を使用しなければならないことなどを規定し、これを守らせるために強カな制裁措置も導入レました。
 以上によりアメリカにおけるアスベスト除去問題は最終段階にいたったといえます。日本も早急にこれを3考に強力な措置をとるべきだと思います。(学校アスベスト問題については、Robert D. Lang, The Continuing Problem of Asbestos in the Public Schools, Journal of Law & Education, vol. 14, No.1 (1985)を3考にしました)〔遠藤直哉〕


〈被害の法的救済〉  

◎労働者の人身被害について
 アスベスト作業に従事した労働者が、じん肺、肺がん、中皮腫などの疾病に罹患したときは、労災認定をうけ、労災保険の補償給付を請求できます。じん肺については、じん肺法により管理4の場合に労災認定の対象となります(ただし管理2または3でもじん肺に合併症があれば認定されます)。肺がんについては1978年の通達「じん肺症患者に発生した肺ガンの補償上の取扱いについてL(基発608号)によると、原則としてじん肺法によるじん肺管理区分が管理4と決定された者であって、現に療養中の者に発生した原発性の肺がんについては業務上の疾病として扱うとされています。
 しかし、アスベスト曝露者については1978年の通達「石綿曝露作業従事者に発生した疾病の業務上外の認定について」(基発第584号)により、右管理4の者にかぎらず肺がん、中皮腫が認定されます。それゆえじん肺については無所見の者または軽度の所見の者で労災認定をうけられない者でも、アスベスト曝露があれば一定の条件の下に肺がんの労災認定をうけられます。
 そこで、アスベストと疾病との因果関係を判断するとき、じん肺所見が重要な指標となることはまちがいありませんが、これにこだわらないように注意しなければなりません。また、死亡された場合には、かならず解剖をして原発性のがんであること、アスベストと因果関係があることを証明する資料をかならず保存することが重要といえます。
  右基発第584号においては肺がん持よび胸膜・腹膜の中皮腫以外のがんについては因栗関係を肯定していません。しかし、喉頭、食道、胃、腸、腎臓などのがんについても因果関係が明らかとされれば認定される可能性があります。
 つぎに労災補償の給付をうけても、完全には損害が填補されないので、会社にたいし民事損害賠償金も請求できます。労災保険請求だけでなく、民事賠償の請求や訴訟も検討することが重要です。ただし、労災補償と民事賠償の2重払いを避けるために、民事賠償の支払いがなされると労災保険給付の支給調整がなされます。しかし慰謝料は、労災保険給付に含まれていないので労災保険給付に影響しません。見舞金、示談金、和解金、企業内労災補償についても、原則として労災保険給付の支給調はされません。
 また労災保険金のうち、前払一時金給付、前払一時金の最高限度額に相当する年金給付、失権差額一時金は民事賠償と関係なく支払われます。

◎地域住民・家族などの人身被害について
 アスベストエ場、建築現場あるいはアスベストが投棄されている場所の付近に居住する住民、アスベストを使用する建物に居住したりこれを使用する人、あるいはアスベスト作業労働者の家族などもアスベ入トに曝露し、前記疾病がひきおこされる可能性があります。右疾病に罹災したとき、労災補償請求はできませんので、民事損害賠償一治療費、休業損害、逸失利益、慰謝料など)を請求することになります。このような場合には、アスベストとの因果関係に気がつかないことも多いし、また証拠を意識的に保存することもしないので立証に困難をきたすおそれもあるので、常日頃からアスベストの存在および証拠の収集には十分注意しなければなりません。しかし、とくに中皮腫の場合には、アスベスト以外の原因がまず考えられないので、その立証はきわめて容易です。
 労働者の場合も含め人身被害については、外国のアスベスト製造業者、輸出業者をはじめ、日本の輸入業者、加工業者、卸売業者、小売業者にたいしてもあわせて製造物責任にもとづく損害賠償請求を追及できます。
◎建物所有者の財産被害について
  現在学校をはじめ、多くの建築物にアスベストが使用されています。この場合にはアスベストの撤去・取り換え、封じ込めの修理などの請求、アスベスドを撤去したり、封じ込めなどをする修理代金の損害賠償請求をすることができます。
 請求する相手方とその理由はつぎのとおりです。建物を建築した建築業者にたいして、建築請負契約上の請負人の義務を追及します。建売住宅などの売却をした不動産業者にたいしては、売買契約上の売主の義務を追及します。さらに、右のような契約の直接の相手方ではない者、すなわち、外国のアスベスト製造業者、輸出業者、日本の輸入業者、加工業者、卸売業者、小売業者などへもあわせて損害賠償請求ができるならば、支払いの点でより確実となります。しかし、これらの者の保証責任または不法行為責任を追及した事例はほとんどなく、将来の検討課題として残されています。〔遠藤直哉〕