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-日本アスベスト事件-
第2版・労災職業病健康管理T
      総合労働研究所
〔編集〕三浦豊彦・安西 愈・斎藤 驍
-日本アスベスト事件-
弁護士 遠 藤 直 哉
建築現場にてアスベスト(石綿)の粉塵作業に従事した労働者がじん肺(石綿肺)に罹患した場合には、因果関係及び使用者の過失は肯定される。
(東京地裁昭55年・3・6和解)

<事実と争点>
 本件はアスペスト(石綿)の粉塵に曝露したためじん肺(石綿肺)に罹患した生存被害者Aと石綿肺を原因として気管支肺炎により死亡した被害者Bの家族が、勤務先であった会社を被告として損害賠償誇求訴訟を提起したものである、Aは昭和33年から昭和45年まで日本アスベスト葛yびトムレックスエ事鰍ノ勤務して建築現揚のアスベスト吹付工として粉塵作業に従事した。右作業を原因として石綿肺に罹病させられ、昭和51年じん肺法規定の「管理4」の認定を受け、療養生活を強いられた。Bは昭和37年にトムレックスエ事鰍ノ入社し、アスベスト吹付工として粉塵作業に従事し、昭和48年にはじん肺と診断され治療をはじめたが、昭和52年石綿肺を原因とした気管支肺炎により死亡した。
 被告日本アスベスト鰍ヘ石綿製品の製造・販売業における我が国のトップメーカーであり建築工事全般について業務を行っている。被告トムレックスエ業鰍ヘ被告日本アスベスト鰍フ工事担当部門を引きうける実質的子会社である。A、Bは入社以来建築現場にて石綿原料を吹付機械に投入すること、同機械を使って鉄骨壁へ石綿粉塵を次きつけること、足場を移動させたり吹付けの仕上げを行うこと等の作業をほとんど密閉された建築中のピルの室内にて行った。
原告側は、使用者は労働契約上労働者の生命・身体の安全を確保し健康を保持させるため、労働条件を整備し、安全衛生、健康管理等に十分留意すべき義務を負っているにかかわらず、被告らはこの義務に違反したのであるから、債務不履行責任を負うものであると主張した。

〈和解要旨〉
  東京地方裁料所において成立した和解の条項においてば、まずアスベスト粉塵と本件じん肺との因果関係及び被告の責任を認める趣旨の表明があり、被告らには労災保険金以外にAに対し金5,200万円、Bの家族に対し金2,819万円の解決金の支私義務があることが認められた(上事件の紹介は労災間題研究所『じん肺紛争百科』の日本アスベスト事件の要訳である)
〈解説〉
  この稲解はアスベストを原因とする人体被害に関する唯一の訴訟上の先例であり、使用者がじん肺発生について因果関係と責任を認めたという点で重要である。しかし、アスベストがじん肺を引き起こすことは1927年のクック(英国)の報告以来医学的には極めて古くから認められているのであまりに当然の結論とも言えるし、また多くのじん肺発生原因物質の1つとして認められたというだけではアスベストについてガン原物質としての特質を示す先例にもならず、そのような意味で本先例は日本におけるアスベスト告発についての未熟な状況を象徴するものといえる。現在問題であるのは、アスベストの固有の人体被害がガンであるということであり、そしてアメリカにおいては既にこのガンが大量に発現している状況があり、これとの比較の中で日本においてはどのような経過をとっており、今後どのような予測をしうるかが重要な課題といえるのである。
 アスベストが極めて広範にアスベストーシス(石綿肺)を引き起こすことはクックの報告以来確立されたが、肺ガンを起こすことにっいては1949年にメアウェザー(英国)が発表してから明確に肯定されるに至った。また胸膜または腹膜の中皮腫(悪性の肉腫の一種で治療不可能な疾病)は通常は極めてまれな疾病であるが、アスベストの曝露によりこれが発生することは、1960年のワグナーらの報告以来確立するに至った。しかし、これらの医学的知見がさらに確固たるものとなり社会問題化するに至るのは、1960年代にニューヨークの市立大学のマウントサイナイ医学研究所のセリコフトとそのグループが疫学・病理・臨床のすべての分野で統一して極めて精力的な調査研究をしてこれを発表するに至ってからであり、その後において爆発的にアスベスト禍が告発されることとなった。
 米国においてアスベストと肺ガン、中皮麗の因果関係を肯定した最初の判決は1973年のボーレル事件である。この画期的判決により訴訟のフラッドゲィト(水門)があげられたといわれ、これに続いて津波のようにアスベスト訴訟が起り、1983年には約2万件に達したといわれているのである。米国では労働者が雇用されている会社に対して労災補償金を請求できるが、その代わりに民事上の損害賠賞請求を禁止されているため、これらの訴訟はいずれも労働者たる原告がアスベスト製造会社に対し製造物責任を追求してなされたものである。被告とされた製造会社は約400以上ともいわれているが、ほとんどすべての訴訟の被告とされた世界最大のメーカーたるジョソズ・マンビルは既に破産申請をしたのであり、アスベストが産業会社にとって極めて有用な物質であることを考えると、その社会的混乱がいかに大きいかを物語るものである。
 アスベストは約3000の用途をもつが、その3分の2は建築材であり、その他断熱材、摩擦材、紡績のために便用される。アスベスト作業を有する産業は造船、製鉄、自動車、機械、化学、製紙、電カ、ガス、電気、水道等多岐にわたっている。また、作業労働者だけでなく、その家族、工場付近の住民等も被害者となってきたが、建物や自動車等から空中にアスベストが飛散するため一般市民までもこれを吸い込み危険にさらされているといわれている。このようにアスベスト曝露の環境及び被曝露者が多種多様であるため、法的救済の対象となるべき被害者とは何かが間題となる。
 米国における訴訟の状況からは、現在のところ、原告は造船労働者、断熱材労働者(建物や船の内部の断熱作業のため派遺される職種別組含の労働者)がほとんどを含め、その他は建築労働者、自動車のブレーキライニング製造修理の労働者、アスベスト製造会社の労働者等となっている。このような状況からいえば、日本でもアスベスト製造、造船、建築、自動車等の産業においてアスベスト被害が最も高い発生率を示すものと考えられる。ちなみに、アメリカでは造船所において第2次大戦中450万人も働いていた労働者が戦後20万人にまで滅少するが、総計で約1000万人の造船所労働者がアスベストに曝露し、この内約200万人がガンで死亡すると推定されている(1978年の米属保健教育福祉局局長の発表)。
米国の状況に比べて日本のアスベストの研究調査、法的整傭は著しく遅れた。米国のボーレル判決から4年後、既に米国で訴訟が急増した時期である1978年にようやく労働省の「石綿による健康被害に関する専門家会議」の報告書が提出され、これに基づき、同年「石綿曝露作業従事労働者に発生した疾病の業務上外の認定について」という通達(基発第584号)が出され、肺ガン及び胸膜または腹膜の中皮腫が認定の対象とされるようになった。しかし、上報告書はそのほとんどを外国の文献の引用と紹介についやし、日本におけるアスベスト研究の貧困さを如実に示すものとなった。その繕果、上通達にもかかわらず1982年までの労災認定例は、肺ガン28名、中皮腫1名という少数に止まっている。このような状況においては、本件日本アスベスト審件の訴訟が1978年に提起され2年後に会社がアスベストの害を認め和解に応じたのは当然のことと考えられる反面、他方現在までも肺ガンや中皮腫の訴訟が1件も提起されなかったのは日本においてアスベスト禍の顕在化添遅れている状況を示すものといえる。
  そこで、次に日本における石綿消費量の増施を検討し、米国との比較をすることによりこの点をさらに考察する。すなわち、世界の石綿消費量は、1945年に50万トンだったのが年々増施L、1975年には500万トン以上に達した。日本においては石綿消費量は1960年代には10万トンから20万トンに増え、1970年代には30万トン乃至35万トンに達した。アメリカは世界の約30バーセントを消費し、日本は世界の約6パーセント、アメリカの約20パーセントを消費してきたのであり、その消費量は莫大なものがある。アスベストの被害の潜伏期間は概ね15年乃至20年間である、これを考慮するとアメリカでは第2次大戦終了後から20年後の1965年頃からアスベスト禍が顕在化したとみられる。日本においては戦後の経済復興を1955年とみて20年後である1975年頃からは被害が発生しているものと推測されるが、日本においてアスベストの害の知見がほとんど普及していないため、社会的顕在化は1980年代になるものと予測される。しかし、前記日本の石綿消費量の増加をみれば今後10年乃至20年間は米国の如きアスベスト被害の大量発生が続くことも考えられる。
 次に日本の労災認定の基準についてふれる。じん肺については、じん肺法により管理4の場合に労災認定の対象となる(但し管理2または3でもじん肺に合併症があれば認定される)。また昭和53年の通達「じん肺症患者に発生した肺ガンの補償上の取扱いについて」(基発608号)によると、原則としてじん肺法によるじん肺管理区分が管理4と決定された者であって現に療養中の者に発生した原発性の肺ガンにっいては業務上の疾病として扱うという。しかし、アスベスト曝露者については前記基発第584号によれば上管理4の者に限らず肺ガン、中皮腫が認定されるのである。それ故じん肺については無所見の者又は軽度の所見の者で労災認定を受けられない者でもアスベスト曝露があれぱ一定の条件の下に労災認定をうけられる。それ故アスベストと疾病との因果関係を判断するとき、じん肺所見が重要な指標となることはまちがいないが、これにこだわると逆に判断を誤ることになるので、注意しなけれぱならない。
また、基発第584号においては肺ガン及び胸膜または腹膜の中皮腫以外のガンについては因果関係を否定している。しかし、セリコフは、咽喉頭、食道、胃、腸、腎臓のガンについてもユクセス・リスクを指摘し、これを肯定している。アメリカ政府の保健教育福被局発行のバソフレットにおいても上のようなガンの危険性を指摘している、それ故、この点は日本では今後の大きな課題となる。
 最後にアスベストが大気中からも検出されている間題にふれる。アスベスト製造施工の作業場付近や運搬課程において発生するもの、建築または建物取り壊しに伴うもの、ブレーキライニングの摩耗によるもの、石綿織物・シートの使用に伴うもの、建物の風化や摩耗によるもの等である。アメリカではガンの内肺ガンが1位であり、日本でも肺ガソが急増している現奮、大気中のアスベストの影響を無視しえないと思われる。これについての米国、ヨーロッパの研究は極めて盛んであるが、日本ではそのほとんどを外国文献に頼って「昭和五四年度環境庁委託業務結果報告書、大気中発ガン物質のレピュー・石綿」が作成された。これによると一般市民の肺繊維中には高頻度に石綿小体が見出されるが、それは低濃度曝露であるため肺ガンや中皮腫の発生の可能性を肯定できないと繕論づけた。アメリカにおいても未だ訴訟問題になっていたいので、今後の大きな課題として残されているといえる。


〈追補〉  

一  米国では1970年代から1980年代にかけて肺ガン等の人身被害に基づく損害賠償誇求訴訟が急増し、1992年現在までに約9万件に達した。最も多くの訴訟をかかえたジョソズ・マンビルは推定20万人の被害者について20億ドル以上の損害賠償金支払を予定せざるをえなくなった。ついに1982年にジョソズ・マソビルは、破産法に基づき会社更生のための弁済計画実施を求めて連邦裁判所へ中立を行なった。1988年にこれが認可されて全ての損害賠償請求はトラスト(マンビル人身被害補償信託財団)に対してすぺきこととなった。ジョンズ・マソピルのトラストは1991年1月までに約17万件の損害賠償請求を受理した。ジョンズ・マソビルのアスベストに曝露した世界各国からの損害賠償請求の届け出も受け入れたので、日本からも合計128名が届け出を行なった。この手続により米国内のアスベスト問題は一挙に国際的間題へと拡大した。米国外の被害者も訴訟手続を経ない簡易な届け出で救済を得られることとなったからである。
 〈労使へのアドバイス〉しかし、この届け出の最大の間題点は、被害者がジョンズ・マンビルのアスペストに曝露したことを立証しなげればならないことである。この点は、決して容易なことではなく、既に米国の判例で取り上げられてきた重要な論点である。すなわち、米国のアスベスト製造会社は400社以上存在し、被告会社を特定できないことも多く、関係があると推定される製造会社を訴えた場合、裁判所は共同不法行為理論、市場占有責任理論など様々な法理諭で被害者救済に努めてきた。しかし、日本等の米国外の被害者が曝露したアスベストをジョンズ・マンビルの製品であると証明することは一層困難である。そこで、ジョンズ・マンビルのトラストの管財人も被害者救済のために同様な理論を採用するかが将来の課題といえる。

ニ  ジョンズ・マンビル以外の製造会社に対する人身被害に基づく損害賠償請求においても、大量の被害者救済に向けて訴訟遅延の防止とコストの削減等が大きな課題となってきた。ポルチモア巡回裁判所は多数の原告を個別に審理することは困難と判断し、早期救済を目指して、メリーランドの原告8、555名について審理を併合した。この併合訴訟で1992年7月14目、陪審は製造会社6社について賠償責任を認める評決を下した。多数の圧カにより審理が促進されると共に、内容においても個別審理よりはるかに被害者に同情的かつ有利な結果となったと言われている。製造会社は、この方式は拙遼であると批難しているが、被害者側からは他の多くの州に波及する画期的裁判と評価されている。

三  米国におけるアスベスト禍に向けての次の大きな波は建物所有者から起った。建物所有者からアスベスト製造会社に対して、建物からアスベストを除去した際の除去費用等を請求する訴訟が大量に発生した。特に学校における教師及び生徒の人数から推測して、将来の大量の人身被害を予測できるので、これを予防する目的のために、学校の建物からアスベストを除去又は封じ込める必要にせまられたからである。米国では、EPA(環境保護庁〉が学校アスベスト除去の責務を負うこととなり、学校に対して厳しい措置を要求したため、学校側では莫大な除去費用等をアスベスト製造会社に誇求することとなった。EPAに対するアスベスト除去のための強力たる権限付与については、1986年アスベスト汚染緊急対策法により有害物質規制法(TSCA)の中にタイトルUを追加する形で改正が行なわれたことから、大幅に進展した。この点については既にアスベスト間題研究会・神奈川労災職業病センター編著「アスベスト対策をどうするか」1988年日本評論社刊53頁〜58頁において詳述した。
以上の経遇においては建物の内のアスベストの危険性は明らかな前提とされてきたが、最近の米国では、建物内のアスベストの危険性はほとんどないとの意見も提起されている状況もあり、EPAは危険性の高い場合にはアスベスト除去を適切に行ない、危険性の低い場合には、封じ込め等の手段をとることを妥当とする等柔軟な対応をしている。

四 日本においては、訴訟となった事件としては、前記の日本アスベスト事件(鈴鹿じん肺事件)の他に、次のものがあり、いずれも肺ガン及び中皮腫を含まないじん肺を理由とする損害賠償訴訟である。
(1)長野じん肺訴訟
原告24名(石緯製造従事者)が被告平和石綿梶E朝日石綿梶A国に対して昭和52年10月12日長野地裁へ提訴、1審判決後昭和61年7月10日総額1億8、000万円で控訴取下和解
(2)菊地じん肺訴訟
原告1名が昭和64年2月20目東京地方裁判所にて3、800万円で和解
(3)横須賀石締じん肺訴訟
原告8名(造船労働者)が被音住友重機械工業株式会社に対して昭稲63年7月14日横浜地方裁判所横須賀支部へ提訴

 上(3)の造船労働者の主な職種は溶接工、修理工、製缶工、取付工などであり、米国における大量被害と職種を同一としている。しかし、この訴訟でも肺ガン、中皮腫の被害者は含まれていない。
 また、1990年までの労災認定例は肺ガン81名、中皮腫39名の合計210名となっている、1983年からの肺ガンと中皮腫の認定例内訳は下記のとおりであり、大きく増加しているともいえない状況である。
  労災認定の手続においては、アスベストに曝露した事実を証明すれぱ充分であり、そのアスベストの製造会社を特定する必要はない。この点米国における製造会社相手の訴訟よりは容易といえるはずであるので、労災請求が大きく増加しても不思議ではない。結局、米国による前記アスベスト被害の大量発生と比較して考察すると、日本においてはまだ多くの被害労働者が潜在化していると言わざるをえない。労働安全衛生センター等の機関及び関係医師の熱心な活動にもかかわらず、このような状態であり、今後とも主として労災申請に向けて関係者による様々な努カが必要と思われる。

 


〈労使へのアドバイス〉  
  日本においては会社、労働組合においてはもちろん医師の間でさえも、アスベストの危険性についての認識が著しく低い。それ故、肺ガン、中皮腫が発生してもその原因をアスベストとする労災申請すらしない可能性も高いため、労使共に今後十分な啓蒙活動が必要である。
  また、アメリカでは既にアスベスト吸入防止のため毒ガスマスクのような大き次防塵マスクの着用、身体の頭から足まですべての皮膚を覆う作業衣やカバーの着用、作業後のシャワー励行が義務づけられている。日本でも予防のためアメリカ並の手段を講じる必要がある。
  更にアスベスト作業者の内煙草喫煙者の肺ガン発生率は非喫煙者の約8倍、一般の非煙草喫煙者にの約92倍であり、アスベスト作業者における煙草喫煙は極めて危険である。使用者においては、煙草喫煙者についてアスベスト作業従事を止めさせない限り責任は厳しく問われることになると思われる。