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分割口任論 交通事故・スポーツ 遠藤直哉
  過失相殺の典型は交通事故です。車は走る凶器とも呼ばれ、また、高度成長とともに、交通戦争の時代になったとも言われました。おびただしい悲惨な交通事故が発生しました。このような中で、加害者は罰せられるが被害者も注意せよ、という過失相殺のパターンが決まってきました。
  信号機のない場所で、広い道路を走る車Aと、狭い道路から広い道路へ出てくる車Bがぶつかった場合には、原則として、狭い道路から出る車Bに、大きな責任がかけられます。しかし、広い道路の車Aが、制限速度を超えてスピードを出しており、狭い道路から出てきた車Bの横にぶつかった場合には、逆に過失割合(A対B)は、7対3でAの方の責任が重くなります。
 また、横断歩道で、青信号に従って渡っている人に、車両がぶつかってケガをさせれば、車両が全面的に責任を負うことになります。しかし、もし人が赤信号で渡っていたならば、車両の方は青信号の中を走っていることになり、この場合には、どのような結論になるか少し難しくなります。赤信号を渡る人が急に飛び出したならば、全面的に飛び出した人の責任となり、運転者は責任を負いません。しかし、赤号を気づかずにゆっくり歩いて渡る人もいれば、黄色で渡っていたところ赤になってしまう場合もあります。そのような場合には、赤信号を渡った歩行者の過失は4割とされ、請求は減額されますが、逆に歩行者からの6割の請求は認められることとなります。また、子供が飛び出した場合などには、手を離してしまった母親にも責任があり、過失相殺はされますが、母親と子供の過失は2割ないし、3割の過失となります。
 このように車両の方は、たとえ自分の方が青信号のときでも、急に停止する必要を常に意識しなければなりません。スピードをかなり上げている場合には、急には止められなくなるので、その過失は大きくなります。横断歩道のない道路を渡っている場合にも、基本的には同じような考え方ができます。すなわら、歩行者の飛び出し方が激しければ、それだけ責任が重くなり、車の方は、スビードを出せば出すほど、それだけ責任が重くなります。たとえば、都内の道路で信号機付きの横断歩道がそばにあるのに、そこに行かずに飛び出してしまうジュイウォーカーの場合には、歩行者の過失があるとされます。これに対して、田舎の道で信号機がない道路ならば、まず車の方の過失がはるかに大きくなります。このような考え方はスポーツの場合でも同じです。ゴルフをしているときに、Aの打った球が、前方の横の方を歩いていたプレイヤーBに当たってケガをさせたときには、打ったAと前の方に歩き出してしまったBのいずれに責任があるでしょうか。原則として、打つAがいるのを知りながら前を歩いていくBは、責任を負います。しかし、Aやキャディーが声をかけずに打ってしまえば、打ったAにも多少の責任はあります。より明白に、打ったAに3〜5割の責任が発生することがあります。たとえば、Aが球を斜め前方の右の林に打ちこんでしまい、探しているうちに、Bが前に出てしまうことがあります。BはAがどこにいるか見えないで、知らずに前に出た結果となります。そこでAが、前方のBに声をかけずに打てば、不注意として過失とされます。また、キャディーも声をかけないまま打たせたときには、責任をとらされます。キャディーの責任は、ゴルフ場Cの責任(経営者)となります。結局、前に出たブレイヤーBが300万円の損害をうけたときは、打ったAが100万円、ゴルフ場Cが100万円(キャディーを含む)を払うことになります。
 ある民間会社が公営のプールを借りて水泳教室を開いた場合に、プールの中で、小さな子を集めてスクールを開くことがあります。一人のコーチしかいなくて、目を離しているときに、おぼれ死亡させてしまったときには、スクール側(コーチを含む)に民事の賠償責任が生じます。プール施設の運営側に別の監視員がいれば、プール側(監視員を含む)の責任にもなります。しかし、通常は母親もついてきて見ていることが多いし、スクール側も母親同伴とのルールにしていることもあります。このような場合には、母親の責任も発生し、過失相殺されます。
〈弁護士・桐蔭横浜大学法学部教授〉