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「日本産科婦人科学会倫理審議会答申書(諮問事項:着床前診断について)」に対する反論
平成16年7月10日
「日本産科婦人科学会倫理審議会答申書 (諮問事項:着床前診断について)」に対する反論
  医  師 大谷徹郎
弁護士 遠藤直哉

第一 結論

1.遺伝性疾患回避についての「出生前診断(着床後診断)の肯定と既得権益の保護」
  答申書では、着床前診断を排斥する理由として、現在まで相当に慎重であるべきものとされてきた「出生前診断とこれに伴う中絶」をより積極的に肯定するという誤りを犯している。すなわち、誤ったデータを基に、強引に遺伝カウンセリング付きの出生前診断の有用性を説くことは、医療業界の既得権益を保護しようとする姿勢に他ならない。出生前診断と着床前診断は相対立するものではなく、双方の長所を生かしながら、相互に補完し合うことのできる治療方法であるという調和の取れた、かつ、科学的な見解に立つべきである。特に、現状の遺伝カウンセリングは、着床前診断の説明を含まないので、極めて不充分なものとなっており、遺伝カウンセリングを充実させるには、着床前診断について、医師、患者と共に、協議をすることを始める必要がある。答申書はこのような前向きな姿勢をとっていない。
2.「重篤な疾患」に対する多様な選択肢としての着床前診断の肯定論の破綻
答申書でも「中絶を行うくらいであれば第2子、第3子は諦めようとするカップルにとって、着床前診断は新しい選択肢を与えることとなる」と認めている。この文章からは、「重篤な疾患」に限らず中絶に追い込まれる患者に着床前診断を広く認めるべきこととなるはずである。なぜなら、中絶の対象が、いわゆる重篤なものに限らず、様々な疾患、ダウン症、男女生み分けにまで及んでいるからである。この問題の是非については別途検討するべき課題ではあるが、いまや新しい技術進歩の中で患者の立場になって着床前診断の有用性を多角的に検討するべきである。しかし、答申書では、結論的に、なぜ「重篤な疾患」に限定するのかについての説明が全くされていない。
3.「習慣性流産」についての理由不備
 答申書では、習慣性流産に着床前診断を適用させることを全面的に拒否するが、その理由に全くと言っていい程、触れていない。これほど重要な課題につき言及しないことは、余程の研究不足か反対する理由がないことを暗に自認していると考えざるを得ない。しかしどちらかと言えば、染色体スクリーニングが世界的に広く行われていることを一言評価している表現もあることから、もはやこれを容認せざるを得ない立場を表明しているに等しい答申書となっている。
4.「男女生み分け」についての理由不備
 答申書では、反対の理由として、「社会の許容がない」というのみである。生命倫理の問題には全く触れていない。しかし現実には、同性3人目、4人目に異性を産みたいとの希望が強く、場合によっては中絶をしてしまうという生命倫理上の問題が発生しているのである。それ故、やむを得ざる例外を許容するかという検討が必要なのである。 この場合には少数の希望者(患者)の問題であり、男女のアンバランス化は問題にならない(ちなみに、合計特殊出生率1.29の時代において2人目には異性ならば産みたい、さらに、同性3人目、4人目には絶対に異性を産みたいという大きなニーズがある。このような状況では、男女生み分けは重要な少子化対策にもなる。答申書の理由では、アンケート実施などで世論の動向が証明できれば、容易に社会に許容される可能性がある)。
第二 答申書全文への批判 [ 以下( )は答申書部分 ]
1. 『要旨
 本審議会は、着床前診断を、体外授精・胚移植技術に関わる例外的な臨床研究として、重篤な遺伝性疾患の診断に限って認めるとする「着床前診断に関する学会見解」(平成10年)は、現時点においても妥当なものと判断する。』
「重篤な疾患」に限って許容されるという理由は、以下においても明らかにされていない。すなわち、なぜ原則として許されず、なぜ例外的に許されるのか、その基準は何かが明らかでない。なぜ原則として広く許され、例外的には制限されるとの立場をとらないのか全く明確でない。

2. 『着床前診断技術の発達
現在、妊娠時になされる出生前診断としては、妊娠9〜11週で行われる絨毛採取や、妊娠15〜18週で行われる羊水穿刺が、代表的なものである。しかしこれらの方法では、診断の結果によっては、出産するのか中絶するのかという重い選択に直面したり、診断に至るまでの妊娠期間も母体にとって精神的・肉体的苦痛を伴うことが少なくない。
現在では、急速に進歩した生殖技術、なかでも体外受精・胚移植と、分子生物学的手法を統合することによって、妊娠以前の初期胚の段階で遺伝子診断を行うことが可能になっている。着床前遺伝子診断(以下、着床前診断とする)とは、受精卵の一部を用いて染色体や遺伝子の検査を行い、着床する前に遺伝性疾患を診断しようとする先端的技術であり、1990年の最初の報告以来、欧米では臨床応用が広がってきている。
この診断法の臨床応用には、3つの領域での技術の発展が寄与している。(1)4〜8細胞期の胚から1〜2個の細胞を取り出しても、初期胚の全能性によって以後の発育にただちには影響がでないことが示されたこと、(2)不妊治療として開発されてきた体外受精・胚移植と胚の顕微鏡下操作の技術的な向上、(3) PCR(polymerase chain reaction)技術やFISH(fluorescence in situ hybridization)法の発達で、少量の検体から正確な遺伝情報が得られるようになったこと、などがある。』
答申書においても、着床前診断の技術の進歩により、安全性・確実性・有用性が高く評価されている。
 
3. 『着床前診断と出生前診断との対比
着床前診断は、出生前診断と比べて、重篤な遺伝性疾患の発症を避けたい立場からすれば、出産するか中絶するかという重い決断に直面しなくてもよいことが、第一の利点としてあげられる。ただし着床前診断は、診断可能な疾病やその精度の面で現在でもなお技術的な限界があり、出生前診断にとって代る技術ではない。』
出生前診断において遺伝子診断が可能な疾患は殆どすべて着床前診断によって診断可能である。現在、出生前診断が可能で、着床前診断が実施できないのは一部、酵素疾患において、羊水中の酵素を測定しているような極めて限定した場合に限られる。また、実施しようとしている診断の若干の種類によっては、精度がわずかに出生前診断におよばない事があるとしても、もし、着床前診断を実施した後に、確認の目的で出生前診断を受けた場合、中絶を考慮せざるを得ない結果がでる可能性は明らかに低下する。
また、着床前診断には出生前診断には無い、
・習慣性流産を予防することができる
・体外受精の妊娠率を約2倍に上昇させることができる
・体外受精後の流産率を約40%減らすことができる
・一定の条件下で体外受精反復不成功例の妊娠を期待できる
・体外受精後の多胎妊娠率を減らすことができる
等の「新しい命を育むための技術」としての有用性があるにも関わらず、本報告ではこの点について触れていない。

4. 『重篤な遺伝性疾患をもつ子を生む可能性があるカップルは、妊娠を自然に委ねるか、子をもたない人生を選ぶか、出生前診断を行い胎児が罹患児であった場合には、中絶を選択するかどうか苦悩することになる。中絶を行うくらいであれば第2子、第3子は諦めようとするカップルにとって、着床前診断は新しい選択肢を与えることになる。』
この部分は明確に着床前診断を肯定する趣旨となっている。

5. 『着床前診断は、不妊治療のための体外受精・胚移植を、重篤な遺伝性疾患の回避に用いることである。そのため出生前診断とは異なって、体外受精・胚移植に随伴する母体への負荷(排卵誘発剤の投与による副作用、採卵のための手術など)や異常が発生する可能性(体外受精/顕微授精による出産は、先天異常の可能性や多胎などによる低出生体重児の発生がやや高まるという報告がある。例:New England Journal of Medicine, Vol.346, No.10 March 7, 2002)に加えて、4〜8細胞期の胚から1〜2個の細胞を取り出すこと(胚生検)による未知の負荷がかかることになる。』
体外受精、顕微授精において児の健康のリスクの可能性がごくわずか高まるのは、体外受精や顕微授精が原因ではなく、不妊症自体が原因であることが明らかにされている(Lambert RD, Hum Reprod. 2003 Oct;18(10):1987-91)。従って、不妊症でない人に、着床前診断の目的で体外受精を実施しても先天異常の可能性が高まるわけではない。4〜8細胞期の胚から1〜2個の細胞を取り出すこと(胚生検)の安全性は1000人を超える着床前診断の出生児に着床前診断が原因となる異常が見られないこと、また、マウスを使った動物実験で胚生検を実施した後で妊娠した胎仔の各種臓器に肉眼的、顕微鏡的に異常が認められなかったこと(Cui KH et al: Hum Reprod. 1994 Jun;9(6):1146-52)からも明らかである。また、胚生検と同じように4〜8細胞期の胚から1〜2個の細胞が消失する状況は受精卵の凍結、解凍においても一般的に発生するが(例:Edgar DH et al: Hum Reprod. 2000 Jan;15(1):175-9)、これについて特に児に障害が発生したとの報告もなく、また、日本産科婦人科学会の会告(ヒト胚および卵の凍結保存と移植に関する見解)においても何も触れていない。

6. 『出生前診断は1960年代末から行われている技術であり、羊水穿刺に伴う危険性や診断の精度については評価が定まっている。』
羊水検査の流産率は0.5〜1%前後と報告されている(Eisenberg B et al: Best Pract Res Clin Obstet Gynaecol. 2002 Oct;16(5):611-27)。羊水検査の後、子宮内感染を起こす確率も0.1〜1.0%あるとされており、羊水検査後に敗血症を引きおこし、播種性血管内凝固症候群(DIC)によるショックに陥り、子宮、両側卵巣、両下肢、右手指の切断を余儀なくされた症例も報告されている(Poutamo J et al : Prenat Diagn. 2003 Sep; 23 (9): 767 - 9)。また、羊水検査の後、母胎死亡につながる可能性が極めて高い羊水塞栓が発症した例も複数報告されている。

7. 『また日本以外の先進国では、出生前診断は中絶の自由化論争の重要な一部として、選択的中絶(selective abortion)の是非という形で長い倫理的議論の対象とされてきた。一方、着床前診断はヒト受精卵/胚の扱いという生命倫理的課題を含んでいる。この双方の課題とも、日本では国民的な議論は本格的にはなされてきておらず、明確な社会的なコンセンサスには至ってはいない。』
 答申書では全体的に出生前診断を肯定しているが、ここでは、着床前診断と共に社会的コンセンサスを得ていない、と否定的な評価をして矛盾した表現となっている。しかし、着床前診断に比較して、人としての人格を持つ、妊娠18週前後の胎児の中絶につながりかねないという重大な倫理的問題をはらむ羊水検査は、日本では既に年間10,000例も実施されている。日本産科婦人科学会の会告は羊水検査には大きな制限を設けておらず、会告で禁止されている性別の患者への告知も実際には行われているのが現状であり、社会的コンセンサスとは何かが不明である。

8. 『着床前診断の技術的問題点
着床前診断は、体外受精/顕微授精・胚移植を前提にした技術であり、この技術的な操作に伴う負担に加え、胚生検に伴う未知の危険が重なることになる。これら発生初期に行われるさまざまな操作が、これによって生まれてくる子の健康に対して長期にどのような影響を及ぼすかについて、現時点で予想し評価することは不可能である。』
胚生検の安全性については上述の通りである。体外受精/顕微授精・胚移植についてのごくわずかな胎児への影響の可能性も上述の通り、不妊症自体にその原因があるのであり、不妊症ではない人に着床前診断を目的としてこれを実施したとしても、多胎以外の影響は考えにくい。多胎については胚移植する胚の数を制限することで予防可能である。

9. 『イギリス保健省は『着床前診断 国民医療制度の担当者のための実施原則』(2002年9月)で、「着床前診断は世界的に、実施件数と適用の両面で拡大しているが、なお研究段階の技術である。症例によっては慎重なカウンセリングを行えば有効な場合があるが、ルーチンの技術と考えるべきものではない。出生児に関する長期の安全性について明確に判断できる根拠はない」としている。』
着床前診断によって、1000人以上の健児が生まれているということ自体が着床前診断は既に研究段階の技術ではないことを示している。特に着床前診断には新しい命を育む技術としての有用性があることが判明したために、ここ2〜3年の間に着床前診断は米国、オーストラリアを中心に急速に普及している。

10.  『着床前診断は、1個もしくは2個の細胞(卵細胞の極体で補助的検査を行うこともある)を用いて検査を行うため、遺伝子診断を行う場合には技術的限界がある。』 
現時点では目的とする検査によっては診断精度が羊水検査より低い場合があるのは事実であるが、そのことが、妊娠中期の中絶の可能性を考えざるを得ない状況を招く可能性のある羊水検査のみを医療の選択枝として国民に提供すること、すなわち羊水検査の実施をほぼ野放しにしておいて、着床前診断を厳しく制限することの合理的理由にはならない。

11. 『諸外国で実施されている着床前診断の対象疾患の一つにデュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)があるが、この場合の技術の現状は以下のようである。DMDの遺伝子病型は、欠失、重複、微小変異の3型に分類され、その頻度はそれぞれ、56%、14%、30%である。欠失型は、その98%で遺伝子診断が可能であり、nested PCR法が基本となる。複数の遺伝子を同時に増幅できる Multiplex PCR法を組み合わせることにより、サンプルの紛失や増幅ミスなどを検出できる方法が用いられている。しかし、1個の細胞から欠失型を診断できる精度は80〜90%であり、偽陽性率は約11%、偽陰性率は約2%であり、1〜2個で検査を行わざるをえない着床前診断には、技術的限界が存在する。欠失型の場合には、部位ごとに primer を準備し、条件を整える必要もある。これに対して、出生前診断では十分な量の羊水中の細胞が利用できるため、その診断精度は100%に近い。』
デュシェンヌ型筋ジストロフィーは伴性遺伝疾患なので、鹿児島大学の過去の申請のように、性別診断をおこなうことにより発症を予防することが可能である。この場合、着床前診断による診断精度は99%以上となる。着床前診断に際してPCR法の応用により遺伝子診断を実施した場合の診断精度は現時点では95%前後であり(Munne et al, private communication)、この場合、患者の希望によっては羊水検査などの出生前診断を併用することになるが、出生前診断の結果としての妊娠中絶の頻度を95%減らすことが可能になる。着床前診断に何らの制限も加えていない米国での着床前診断の技術の進歩は日本産科婦人科学会の倫理審議会が前提としている80〜90%よりずっと正確な診断を可能としている。
慶応大学のデュシェンヌ型筋ジストロフィーの申請に対しての審査を行った日本産科婦人科学会の第2回小委員会で委員の一人は300例以上の本疾患の患者さんの遺伝子診断を実施したと発言した上で「先生にお聞きしたいが、先生のところで出生前診断で異常と判定された場合、患者さんはどのような選択をされているのであろうか」との質問に対して「診断後のことは把握していない。着床前診断については特に説明はしていない。」と回答している。特にこの委員を非難する趣旨ではなく、日本における出生前診断の問題点がこのやりとりに凝縮されている。
名古屋市大の着床前診断に関して検討した第5回の小委員会では吉村委員ならびに武谷委員から、「着床前診断は生命の選別であるのに対して出生前診断は母体保護法に従った本人の自己決定権に基づいた選択であるという点で異なる」との説明がなされたそうですが、屁理屈ここに極まれりとの感を持つのは私達だけであろうか。母体保護法には出生前診断の結果としての妊娠中絶について何の言及もなく、これを出生前診断を擁護するための論拠にするのは極めて不適当である。人工妊娠中絶は刑法の堕胎罪が適応される例外として母体保護法によって認められているのに対し、着床前診断を禁止する法律は何もないことを指摘しておきたい。また、武谷教授、吉村教授の施設での体外受精では、ドイツの法律並みに、受精卵の選別を全く行わないのであろうか。

12. 『微小変異には、点変異や1塩基挿入型があり、PCRによって増幅した後、遺伝子の配列分析を行う。Multiplex-nested PCR法によって目的とする遺伝子部位を増幅し、遺伝子配列自動分析機を用いて塩基配列を解析する。PCRによってバンドが検出可能になれば、ほぼ確実に変異の解析はできるため、その診断精度は欠失型に等しいと考えられる。しかし重複型の遺伝子診断は、単一の細胞から診断することは今のところ困難であり、極微量のDNAから定量化し分析する方法を開発する必要がある。
一方、FISH法による診断は比較的容易であり、性別検査や染色体異数性検査は、診断用プローブを海外から購入し実施することが可能である。』
 FISH法が容易ということは技術が完成されているという事を意味する。これを認めないのは極めて不当である。上述の通り、米国ではPCR法による単一遺伝子疾患の診断の精度も急速に向上している。

13. 『諸外国における規制と着床前診断の実施状況
世界的には1990年以来、4000周期(回)以上の着床前診断が実施され、700〜1000人の子が誕生していると推定されている。その大半が、シカゴ、リビングストン(ニュージャージ州)の2施設と、これと提携関係にあるボローニャ(イタリア)、ブリュッセル(ベルギー)の合計4施設で行われてきている。うち3分の2は、高齢の対象者か習慣流産のための染色体異数性検査である。』
米国、EU、オーストラリア、北欧、ロシア、ギリシャ、トルコ、インド、アルゼンチン、中国、韓国などで広く実施されている。特にオーストラリアのシドニー、キャンベラの施設においても多数の着床前診断が実施されている。また、唐突に、染色体異数性検査が多く行われていることを紹介しているが、結局、これを肯定する趣旨の引用としか考えられない。

14. 『実施件数が急増した1997年以降、世界全体のデータは集計されなくなっているが、ESHRE(欧州産科学会; European Society for Human Reproduction and Embryology)は同年に、着床前診断連絡組織(PGD Consortium)を置いた。これによると、1997年から2000年度までの間で調査に応じた12センターにおいて、1561の申請があり、451の妊娠、279人が生まれた。着床前診断を受けたカップルの理由は、(1)遺伝的リスクがあり妊娠中絶の経験がある(21.1%)、(2)遺伝的リスクがあり妊娠中絶には反対(36.2%)、(3)遺伝的リスクがあり不妊または不妊の傾向がある(25.6%)、の割合とされている。
着床前診断に関する各国の規制のあり方とその内容は多様であり、これが一元化される機運にはない。
法律によって事実上、禁止されている国は、オーストリア、スイス、ドイツである。』
世界全体で、データを集計する必要のない程の普及自体が、答申書の結論をうち砕いている。しかし、例外として、ドイツではヒトラーの民族浄化という過去の忌まわしい歴史が原因と思われるが、体外受精に関して過敏とも言える法律がある。これによれば体外受精に際して受精卵を選別することは一切認められず、3個の卵子しか受精させる事ができず、生じた受精卵は全て胚移植することが求められている。今日、世界的には多胎妊娠を回避して体外受精の妊娠率を上げるために複数の受精卵からもっとも良好な受精卵を選んで胚移植する方法が主流であるが、ドイツでは「この法律のおかげで、世界と比較して体外受精の妊娠率が下がり、多胎妊娠率が上昇するため、女性と赤ちゃんの健康が脅かされている」とドイツの体外受精登録機構(IVF Registry)の会長Ricardo Felberbaum教授がESHRE(ヨーロッパヒト生殖、発生学会)の2003年の年次集会で発表している。ドイツの真似をしてはならないことは明らかである。

15. 『一方、法律や政府指針によって、着床前診断を一定の条件の下で認めている国もある。
フランスでは保健法典によって例外的に、(1)両親の少なくとも一方が不治の重篤な遺伝性の素因を持っており、(2)専門医も遺伝性疾患をもつ子供を生む可能性が高いと判断した場合に、着床前診断が認められる。現在、3施設が許可を受けている。スウェーデンでは社会省指針によって、早期死亡が予想され治療法がない重篤な進行性の遺伝的疾患についての診断である場合に認められる。年間約10数件の着床前診断が実施されている。
イギリスでは、体外受精と並んで着床前診断もHFEA(ヒトの受精及び胚研究認可庁)により規制されている。HFEA年次報告(2003年)によると、8つのセンターが着床前診断の認可を受けている。HFEAがこれまでに認めた対象疾患は、脆弱X症候群、筋ジストロフィー、ハンチントン病などで、最近、HLA型選択も追加された。染色体異数性検査は、一定の条件でのみ認められている。統計数値は公表されていなが、60人近くの子が誕生しているものと推定される。』
イギリスは着床前診断についてヨーロッパ各国の中では比較的リベラルなアプローチをとっている。生まれた子への臍帯血ドナーとしてのHLA型適合検査を目的とした着床前診断まで認めている。また、英国内に着床前診断による男女産み分けを標榜したクリニックは存在し(The Rainsbury Clinic)、米国の施設に患者を送る形で実施している。言葉の壁がないことから、イギリスの人々にとっては容易な方法である。
ヨーロッパ各国の中ではベルギーでは医学的理由による着床前診断に関して殆ど何の規制もない。EU各国に在住の人々はビザなしでベルギーに向かい、着床前診断を受けることが可能である。


16. 『オーストラリアでは、ヴィクトリア州やサウス・オーストラリア州が法律で着床前診断を認める一方、ウェスタン・オーストラリア州は州法でこれを禁止している。ヴィクトリア州では現在、2施設が認可を受け、2001年度に179カップルに実施され、32人の子どもが誕生している。ヴィクトリア州の特徴は、着床前診断の適応疾患の公式リストを作成していることであり、これは国際的には稀な例である。ユネスコの国際生命倫理委員会が2003年4月にまとめた委員会報告は、「着床前診断を認める症例リスト作成の問題は、繰り返し議論されてきたが、国際的な助言グループのすべてが、これに異議を唱えてきた」と指摘している。』
意図的にオーストラリアで最も人口の多い町、シドニーを州都とするニューサウスウェールズ州と、オーストラリアの首都キャンベラへの言及を避けていると思われる。これらの州、あるいは特別地域では着床前診断に関する規制は存在せず、ジェンダーバラエティー(男女産み分け)のための着床前診断も実施されている。また、上記記述は「重篤な疾患」に限定することが困難であることを示している。

17. 『アメリカは、生殖技術について法による規制がほとんどない国である。着床前診断に関係する連邦法はなく、またほとんどの州でこれを規制する法がない。いくつかの州では、胚研究に関する州法をもっているが、これらの条文が着床前診断を含むかについて、争われたことはなく明らかではない。アメリカでは、遺伝カウンセリングの態勢が確立しており、着床前診断が行われる有力な施設では独立の職種によって遺伝カウンセリングが行われている。ただし、着床前診断の費用が高額であるため、経済的に余裕があるカップルであることがこれを受けられる事実上の要件となっている。』
米国で高価なのは着床前診断の費用ではなく、体外受精を含めた医療費全般である。なお、欧米における遺伝子カウンセリングの目的は「遺伝子疾患に罹患する可能性のある人々に正確にその疾患の病状、発症や遺伝の頻度、症状や遺伝を予防、回避、あるいは改善する方法を伝えること」あるいは「遺伝疾患のリスクを持った人々を手助けする目的で、遺伝疾患の本性、遺伝、および疾患の治療や家族計画について教育すること」(Practical Genetic Counseling, Harper S)とされており、日本でも着床前診断の説明を加えれば、より充実したカウンセリングとなるが、現状では欠陥のあるカウンセリングとなってしまい、一種の医療的過誤と批判される恐れがある。

18. 『着床前診断の倫理的諸課題
着床前診断について議論は、とくに欧州社会で活発にされるようになっており、その賛否は割れている。この問題の倫理的議論は、胚の操作とその廃棄の是非という、ヒト胚を用いた実験の規制とも重なってくる。ヒト胚の扱いについては、欧米では、「ヒト胚とはどのような地位のものであるか(胚の道徳的地位、moral status of embryo)」が、議論の中心になっている。ただし、その議論のあり方は国によって違いがある。体外受精はあくまで子を得るために行うべきであり、受精卵はすべて女性の体内に移すべきだと信じ、そう法律に定めた社会(ドイツ・オーストリア・スイスなど)では、あらかじめ多数の受精卵を作成し、その中から移植する胚を選択しようとする着床前診断は、社会的に受容し難い技術である。これらに相当する議論は、日本では関連するシンポジウムなどで、個々に行われるにとどまっている。』
上述のようにドイツのこの法律は女性と赤ちゃんの健康を脅かしている事が明らかにされている。

19. 『着床前診断は、出生前診断と比べて、中絶すべきか否かという決断を回避できるぶん、安易に胚が選択されうる恐れが指摘されていた。』
出生前診断は女性に精神的苦悩、そして、場合によっては肉体的苦悩を与えるから許容できるということになる。非人道的な議論である。患者の苦悩を取り除くことが医師の義務である。患者の苦しみを理解しないで、レッセフェール優生学などという抽象的な誤った説に依存をしているにすぎない。

20. 『この技術に対する規制があまりないアメリカやオーストラリアの一部の州などでは、これは現実のものとなっている。流産回避のための染色体異数性検査が多数行われているのに加え、重篤ではない遺伝性疾患、晩発性の遺伝性疾患、すでに生まれた子への臍帯血ドナーとしてのHLA型適合検査、さらには非医学的理由での性別検査までもが実施されている。中絶をするか否かという苦悩から逃れ、多数の受精卵を作ってその中から移植すべき胚を選ぶ行為は、あたかも‘モノ’を選ぶような感覚に陥りやすいという指摘は、人間の受精卵や胚に対する姿勢への警句として傾聴に値する。』
流産回避は児を作るための神聖な医療であり、モノをいじくるわけではない。HLA型適合検査も危害を加えない救済方法である。患者にとっては、外国は天国、日本は地獄ということになることを認めている。また、アメリカやオーストラリアにおいて着床前診断が社会的に大きな問題を引き起こしているという事実はない。


21. 『着床前診断によって使用されない胚が生じた場合には、個々の検査結果を問わず、将来ヒトに成り得たかもしれない生命の萌芽として、丁重にとり扱われるべきである。』
日本産科婦人科学会の会告は受精卵を用いた実験を登録と報告だけで許容している(審査は無い)。

22. 『優生学的操作であるとする批判
着床前診断は、遺伝的選別であり優生政策に直結するものという懸念や批判は、以前より繰り返し唱えられてきた。しかし技術的にみると、着床前診断は、カップルやその近親者の遺伝子変異を詳しく分析した上ではじめて行いうる検査であり、先端的技術の組み合わせによって辛うじて達成される診断法である。遺伝性疾患の発症回避という性格が強く、これが大規模に行われることは、技術の上からは今のところ考えにくい。ただし、着床前診断に対する懸念が、優生学的な思考を助長させる危険があることに力点があるのであれば、そのための議論と対応策が考えられなければならない。』
着床前診断を正確に理解していない古い知見に基づく記述である。世界的に大規模に行われているといえるが、規模の大小が問題とは言えないので、趣旨不明である。優性思想の最大の問題点は過去における他者加害の歴史にあると考えられる。また、ヒトラーの民族浄化などは言うに及ばず、ほんの何年か前まで日本に存在した優生保護法の条文をみても、優性思想に基づいた他者加害の発想が色濃く伺える。この点において、着床前診断では誰にも害を加えるわけではないので、これまでの悪しき優性思想とは決別できる。「元気なこどもが欲しい」というのは殆どの女性、そして男性が持つ自然な感情で、これを優性思想ときめつけると、世の中は優性思想の持ち主が殆どということになってしまう。

23. 『これに関する議論が国レベルで行われているのがドイツである。ドイツでは1990年の胚保護法によって、妊娠以外の目的での体外受精や、1度に3個を超える卵を受精させることは禁止されており、事実上、着床前診断は禁止されている。しかしここ数年来、着床前診断の賛否が、国レベルで論じられてきている。たとえばドイツ連邦議会は、先端医療の問題で特別調査委員会を置いたが、その最終報告(Enquete-Kommission“Rechit und Ethik der modernen Medizin”)は中心課題の一つとして着床前診断をとり扱っている。その結論では賛否が割れ、胚保護法で禁じられている着床前診断を一定の条件下で認めるべきだとする少数派3名と、着床前診断は技術的に未完成であり、すでに大量に出生前診断が実施されている現状に加えてさらにこれを認める必要はないとする多数派16名の両論併記となった。また国家倫理委員会がまとめた報告書では、着床前診断を認める意見が多数となった。この双方の報告書に共通しているのは、ドイツ憲法(基本法)に立脚した、人間の尊厳という本質論と、優生政策や障害者差別との関連性について広く議論している点である。
特別調査委員会の最終報告の中で、着床前診断の賛成派は以下のような論を展開している。「着床前診断が障害を持つ人々の社会における立場を侵害するのではないか、という懸念は、一見、説得力がある。しかし、経験論的には証明不能である。障害を持つ人々が、着床前診断が実施されている国々では他の国よりも差別に苦しまねばならないことを示す証拠は存在しない。ドイツでは約10年来、出生前診断が実践されてきたが、このような影響は認められないことにも注目すべきである。障害児がいる家庭や一般的な障害者の状況の改善にさらに努力することは、政治家の課題である」としている。
着床前診断がとりわけ、優生学的施策と結びつけて議論される傾向があるのは、問題提示の象徴としてこれが位置づけられているからと考えられる。優生政策との関連という問題は、ドイツの国家倫理委員会の報告書タイトル『妊娠の前と後における遺伝子診断』が示すように、出生前診断のそれと併せて議論されるべきものであろう。わが国でも羊水穿刺は、年約1万件なされており、出生に至るまでの技術全般の問題としてこれらの診断技術を再整理し、中絶問題をも含め、包括的に考えていかなければならない課題である。』
 ドイツの医師会は着床前診断に賛成しており、日本より議論が活発である。誤った引用を下に、ドイツの大量の出生前診断の現状を追認し、世界に遅れたドイツの真似をする必要はないといえる。

24. 『日本におけるこれまでの審議結果
これまで日本においては、本会に対して着床前診断では4件の申請がなされ、うち2件が審査されたが、いずれも認められなかった。
1. 鹿児島大学のケース
第一児は、3歳の時にデュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)exon 44欠失と診断された。第二児は羊水検査の結果DMDと診断され、人工妊娠中絶を行った。その後、着床前診断を希望したケースであるが、着床前診断として性別判定をする計画であった。しかし、着床前診断に関する審査小委員会は、技術的に可能である以上「遺伝子診断が優先されるべきであり、性別判定による着床前診断の実施は容認できない」と判断した。』
着床前診断による性別判定による正診率は99%であるのに対し、遺伝子診断の正診率は世界のトップレベルのある米国の最先端の施設でも95%前後である。
デュシェンヌ型筋ジストロフィーのキャリアの方が男女産み分けを受けたところで日本の男女比が大きく変わるわけでもなく、より、正確な診断方法を実施するのが患者の利益になるとも考えられる。

25. 2. セントマザー産婦人科医院のケース
会告「着床前診断に関する見解」では、「本法は、重篤な遺伝性疾患に限り適用される」としている。審査小委員会の結論は、「対象とする疾患は均衡型相互転座による習慣流産であり、会告に示された重篤な遺伝性疾患とは判定できない」とするものであった。
何回も続く流産は女性の心身を蝕む重篤な疾患である。反対する理由が、当時から現在まで全く示されていない。

26. 『習慣流産の原因として配偶者の均衡型転座(相同染色体間のロバートソン転座を除く)が検出された場合、遺伝カウンセリングとして、着床前診断を用いなくても「生児(正常核型ないし保因者と同核型)を得る可能性がある」との説明が夫婦に対して行われるのが普通であるが、申請されたケースではこの点での説明が不十分であり、承認できないとの結論に至った。』
遺伝カウンセリング自体の理解が誤っている。すなわち、着床前診断をする場合の出産の確率、着床前診断をしない場合の出産の確率を含めて説明することが、遺伝カウンセリングである。

27. 『着床前診断に関して当面とるべき施策
着床前診断の技術は、世界的にみると、その実施件数と適用範囲は近年さらに拡大される傾向にあるが、なお研究段階としての性格を帯びる技術と言わざるをえない。とりわけこの技術においては、初期胚からの細胞採取に伴う将来にわたる危険性は未知であり、これを事前に評価することは不可能である。この点においても、着床前診断を当面、臨床研究として重篤な遺伝性疾患の検査に限るとする本会会告は、妥当なものと考えられる。』
着床前診断には現在一般的に実施されている細胞質内精子注入法(ICSI法)による顕微授精より長い歴史があり、既に1000人以上の健児が誕生している。特に米国における多数の臨床例の結果、研究段階は既に終えており、臨床医学検査として応用しても何の問題もない。上述のように初期胚からの細胞採取の安全性も明らかである。
多くの女性に福音をもたらす可能性のある医療を禁止あるいは厳しく制限することは憲法13条に規定する生命、自由、ならびに幸福の追求の権利の侵害に相当する事は明白である。

28. 『審査に当たっては、技術の適用の可否だけではなく、着床前診断を受ける個々のカップルに対して、技術の特性を踏まえた過不足のない情報提供と、他の選択肢を示した上での同意、検査の前および後での適切なカウンセリングがなされていることの確認までをも含めた検討が行われるべきである。また審査は、会告に示されているような「疾患」ごとではなく、現行通り「症例」ごとに行われるべきである。』
日本産科婦人科学会の会告は形式上総会の同意を得ているが、日本産科婦人科学会の理事会、ならびに倫理委員会はそれをも逸脱して「疾患」ごとではなく「症例」ごとの審査を行おうとしており、人権侵害をさらに悪質なものにしている。

29. 『先進社会においては高齢の出産が増加し、これに伴い着床率向上のための染色体異数性検査が行われる傾向にある。しかし、必ずしも着床前診断のみがこれへの対応策ではなく、この問題に関しては技術面から包括的なレビューを行うべき段階にきている。』 
染色体スクリーニングについての正確な知見のないことを露呈している。世界では包括的なレビューは進んでいる。

30. 『また規制の少ないアメリカなどでは、非医学的理由による性別診断が行われ、これを容認する意見も少数みられるが、現在の日本社会が、非医学的理由による男女産み分けを許容するとは、諸般の事情からみて考えられない。』
日本は社会主義国家ではなく、民主主義国家であることを強調しておきたい。憲法13条の生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利はアメリカ独立宣言に由来する民主主義の根幹をなす理念である。また、フランス人権宣言は「法律によって禁止されていないすべての行為は妨げられない」としているが、これは法治国家の基本的原則である。日本産科婦人科学会は「諸般の事情」という勝手にどうにでも都合良く解釈できる理由で国民の人権を制限しようとしているのであるが、これは全体主義的、社会主義的な危険な発想であり、民主主義の法治国家とは相容れない思想である。男女産み分けを希望する人は少数派であり、また、表だってその希望を表明しにくい立場におかれているが、憲法で保証された人権を蹂躙することは許されないと考える。
また、合計特殊出生率(女性が一生に産む子供の数)が1.29という危機的状況では、3人目以降の妊娠に際して男女産み分けを行ったとしても社会の男女比が大きく変わる事態は考えにくく、公共の福祉には反しない。むしろ少子化による様々な社会的弊害が叫ばれる今、大勢のお子様を生みたいと思っているのだけれども、上のお子様達と同じ性別になるのが怖くて妊娠を避けておられる女性が妊娠、出産に踏み切りやすい環境を整えることは社会の役にたちこそすれ、害になることはない。


31. 『着床前診断について答申を行うに当たり、さらに以下の3点に関して貴会として検討されることを希望いたします。
1. 遺伝カウンセリングなど施術以外の実施基準の明確化
着床前診断のほとんどのケースが、遺伝性疾患の遺伝子診断を伴うものである以上、遺伝カウンセリングは必須要件となる。学会見解は、着床前診断に関する技術について規定しているが、遺伝カウンセリングの体制やそのフォローアップについては明示されておらず、この面での実施基準を明確にする必要がある。』
着床前診断には
・ 流産を予防することができる
・ 体外受精の妊娠率を約2倍に上昇させることができる
・ 一定の条件下で体外受精反復不成功例の妊娠を期待できる
・ 体外受精後の多胎妊娠率を減らすことができる
等の「新しい命を育むための技術」としての有用性があり、この分野での応用が進むものと思われる。この場合には遺伝カウンセリングより、むしろ不妊のカウンセリングが求められている。
また、遺伝カウンセリングは「遺伝子疾患に罹患する可能性のある人々に正確にその疾患の病状、発症や遺伝の頻度、症状や遺伝を予防、回避、あるいは改善する方法を伝えること」であるべきであり、今や着床前診断の説明なしにはカウンセラーの義務は果たせなくなっているのであり、着床前診断の説明を加えた形で、早急にカウンセリングの中身を充実させるべきである。

32. 『2. 学会としての管理機能の強化
一般に、わが国の医学系学会は、学術研究活動を目的とする任意団体でありながら、社会からは、医療技術の管理や倫理的課題に対応する職能集団としての機能を求められている。期待される社会的使命と、学会の管理機能との間には少なくない乖離があるが、実際には、着床前診断のような先端的技術の実施について、学会の管理機能が最大限に働くよう努めなくてはならない。法的拘束力がなく限られた権限の組織がその統治機能を発揮させる一つの方法としては、重要課題について時宜を得た調査を行い、結果を公表し、これによって規律を維持することである。違反があった場合には、適切な調査を行い対処することが、組織としての求心力を高めることでもある。
その一方で、学会による審査が煩雑で時間がかかるという指摘もあるが、現行の審査体制は、限られた権限の枠内で学会員の良識に支えられて機能してきたものである。今まで以上に機能的に審査が行われるよう、配慮されなくてはならない。』
学会は、学問、研究、調査、治療を通じて、会員をリードし、社会へ広報すべきである。中身のない、ただの権力による管理機関の強化は、百害あって一利なしである。 任意団体である日本産科婦人科学会が会告とその権威主義的な運用で国民の基本的人権を侵害していることの矛盾点が明らかになっている。

33. 『3. 社会に向けての情報提供と対話の促進
着床前診断を含め、近年の生殖技術の発達にあわせ、正確でわかりやすい形で情報を提供しながら、社会との対話を深めることが不可欠である。技術使用の可否にのみ眼を向けがちな医療者と、さまざまな関心をもつ一般の人たちが直接対話を重ねることで、相互理解を深め、取り組むべき問題を確認し、対応策を見つけていく努力をすべきである。学会の体制強化の一部として、この面の機能強化を図るべきであろう』。
社会との対話とは、まず第一に、患者との対話ではないのか。学会は、苦悩する多くの患者の声を聞いたことがあるのか。特に、女性患者の声に耳を傾けたのかと問いたい。結局、教授中心、男性中心の日本産科婦人科学会の運営方法を改めるべきであろう。患者ばかりか、今日新たに産婦人科医になろうとする医師の約1/2は女性であり、また、日本の産婦人科医の殆どは大学関係者以外であるのに、日本産科婦人科学会の会長、副会長、常務理事、理事は全て大学教授で男性である。しばしば弊害が指摘される医局制度の長である教授中心の閉鎖的で旧態依然とした運営をしていては、産科婦人科医が直接治療に関わる女性、さらには国民の理解を得られることはないであろう。