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特集:もっと生殖医療に光をあてよ
着床前診断に対する抵抗勢力  

  弁護士 遠 藤 直 哉 
1.  最近「着床前診断」を表題に持つ出版物(単行本)を検索したところ筆者が平成16年に出版した本が始めてであることが判明した。「危機にある生殖医療への提言−ジェンダーバラエティ・着床前診断・精子卵子提供・代理出産」である。16年2月に大谷医師が日本産科婦人科学会を除名になった直後に出版された事情があったので、日本初の出版物であるという名誉を獲得することができた。しかしこの事実は日本の医療界や医師がいかに遅れており、私のような弁護士が先を越したという異常な状況を示している。日本ではあらゆる業界で既得権を保護する組織が改革を阻んできた。ヤマト運輸は訴訟までして郵政省の規制を揺るがした。郵政民営化を阻むものは特定郵便局長会ばかりではなく労働組合(旧全逓)である。筆者は平成9年に日本版ロースクール(法科大学院構想)をわずか3,4名で始めたところ、弁護士会内部ばかりか法学部の学者からもすさまじい抵抗を受け、これを乗り越え成立させることができた(「ロースクール教育論」−新しい弁護技術の訴訟運営 信山社)
筆者が担当したクロム禍訴訟の被害労働者は労働組合の援助を受けられないまま被害を拡大させた。最近新聞をにぎわせているアスベストの危険性について筆者は59年に社会科学系では初めてこれを警告した。米国シントン大学修士論文の要約「労災職業病の企業責任−アスベスト」(労災職業病健康管理T 昭和59年、追補平成4年 総合労働研究所)アスベストの労災申請が極めて少なかったのは労働組合が企業別組合のために自己不振のためこれを告発しなかったからである。また筆者は上記論文により医師に対しても強くこれを警告した。しかるに医療界においても企業の製造物が人体被害を与えることについて積極的に研究を進め、診断を進めることはむしろ少なかった。あらゆる業界において既得権益を擁護し既存の産業構造を維持しようとする対応があり、多くの人体被害の防止、あるいは患者の救済に至らなかった。着床前診断についても全く同じ状況であり既得権益に縛られている医療従事者により抵抗を受けるに至り、そのおかげでマスコミや社会が着床前診断の有効性を理解できないまま大谷医師を除名し、これを是認する状況を生みだした。
人間は「パンツをはいた猿」と言われる。猿、象、狼などは群れを作り、自分より弱い者に襲いかかる。又は、自らのグループから排除することもある。談合やカルテルなどは動物の群である。しかし、アリストテレスは「人間は社会的動物である」と言った。動物であることを認識しながらポリスという政治的社会を合理的に運営しなければならないと言ったわけである。「動物的行為、たる暴力」を排し、社会を維持するためには、徹底した議論と多数決による必要がある。徹底した議論と決定という二つの手続無くしては不合理な集団的暴力を排除することはできない。
(*注−筆者は現在日米医学医医療交流財団の常務理事をしている。10年ほど前に徳州会が当財団に多額の寄付をし、当財団の理事を受け入れることになった。当時の医師会長はこの時席を立ち、理事を辞任することを直ちに行った。筆者は当時徳州会の行き過ぎ行為があるのかと推測したが、その後の状況の中で徳州会こそが日本医師会の既得権と戦い医療の先進分野を切り開き、その後徳州会に続く新しい中央グループや亀田総合病院が現れることとなった。これを見るならば医療業界の既得権益への固執はすさまじいものがある。)

2 着床前診断の抵抗勢力
 着床前診断の反対勢力は障害者団体、優性思想を問うネットワークを中心としてきた。この主張が中絶、出生前診断など人為的な操作に全て反対する考え方であり、カトリックと同様極めて一貫した考え方である。そのような考え方に基づいて着床前診断にも反対している。それは単に命の選別と言うことではなく、人為的な操作に対する反対である。この考え方は一種の宗教的な考え方であり、科学的な討論を可能にするものではない。筆者の考え方は前胚、胚、胎児、(胎児は二段階、又は三段階に分類する)と段階をもって中絶や選別を許容するという考え方である。このような考え方によれば着床前診断や中絶の問題を解決できる。すなわち母体の保護、胎児の保護、受精卵についての両親の選択権を軸に検討すれば良いこととなる。これに対して着床前診断の抵抗勢力とは何であろうか。次のようなものである。

(1) 産婦人科の出生前診断 
出生前診断については日本産科婦人科学会の規制が入る前に事実上普及するに至った。障害児を回避するための中絶という強引な方法、有効な方法である。男女選別(一方の性の抹殺)についても利用されるに至っている。胎児の中絶が伴うために身体的倫理的課題が厳然として存在する。着床前診断は少なくとも出生前診断に対する批判の目を有している。理論的に出生前診断よりも時間的に早く且つ身体の身傷が少ない。受精卵の選別という意味では効率がよい。しかし出生前診断が普及した現在ではこの既得権益が脅かされると考えているものが多い。実際には出生前診断が普及しても障害児は出生している。着床前診断が普及したからと言って出生前診断が消滅するわけではない。着床前診断を利用する者と依然として出生前診断を受診する者とが並行して徐々に進むに過ぎない。しかし既得権益を脅かされる者にとって見れば脅威と感じるのである。

(2) 小児科又は遺伝カウンセリング 
出生前診断による中絶を経ないで出生を選択した場合には小児科の支援を受ける。小児科は障害児のケアについての研究が進んできた。小児科に付随するカウンセラーは出生前診断の時から出生後に至るまで障害児のカウセリングを行う。着床前診断を実施し、健常児を得ることができれ出生前診をしつつ中絶に悩むことについての小児科や遺伝カウセリングの必要は無くなる。しかし筆者が強調しているように着床前診断を含まない遺伝カウセリングは全くの欠陥商品であることに気が付かなければならない。既得権益にしがみつくばかりか患者に対する情報の提供をせず、患者の人権を侵害するならばまさに医療科学同様の事態になる。

(3) 医療における既得権益の擁護とは
郵政民営化に対する抵抗やヤマト運輸に対する抵抗とは異なる。既得権益にしがみつくことにより、単に市民の財産的権利を脅かすのではなくまさに身体の利益、人権を侵害することとなる。医療業界において既得権益を擁護することはまさにより慎重にならなければならない。

(4) 生殖医療についての指導的役割とは何か
    筆者がクロム禍訴訟を担当していた時に、慶応大学卒業の佐野医師は臨床、病理、疫学の統一を主張していた。アスベストのセリコフ博士は全世界から学者を集めて臨床、病理、疫学の膨大な研究調査を発表し、全米でアスベスト訴訟が溢れかえるようになった。慶応大学卒の鈴木康之亮医師が米国において病理を担当し、これを牽引してきた。着床前診断において以下の様な手順がふまれてきたであろうか。
1・ 文献調査 
海外の着床前診断実施状況を詳細に紹介されることがされていない。科学技術文明研究所の紹介は次のように問題がある。第一点は最新状況の報告を紹介しないこと。第二点は日本産科婦人科学会の要望に応える形での消極的レポートとなっている。平成10年着床前診断の会告を作成するときにも日本産科婦人科学会は充分な文献調査を実施していない。
2・ 病理、又は動物実験
着床前診断の動物実験等は既に進んでいる。家畜の分野においても進んでいる。この点について日本産科婦人科学会は充分な検討をしていない。
3・ 臨床
着床前診断は動物実験や家畜の分野から既にセントマザー産婦人科、加藤レディースなどで実施されている可能性が極めて強い。産科婦人科学会はこのような先進的な臨床を充分に調査、参考とするべきであったがしていない。
4・患者の実態調査
すなわち人体被害の疫学に相当するものである。患者の着床前診断の要求がいかに強いか、出生前診断についての実態調査を含め、着床前診断のアンケートなどの実施をすれば当然に患者の動向が分かったはずである。生殖医療の安全性についてまず慎重な調査をし、動物実験から臨床までを検証すべきである。更に倫理面まで含めて社会に対する指導的役割を果たさなければならない。それはまず第一に学会である。日本産科婦人科学会のような学会が保守的な社会の人々を指導する立場に立ち、生殖医療の安全性と害がないことを示し、倫理的課題を提起し、これを解決していくことである。第二に、民間のシンクタンク、科学技術文明研究所のような機関が指導的役割を果たすべきである。次にマスコミがその様な先進的な意見を受けて一般の人々にこれを広報していくべきである。マスコミはしばしば新聞紙上で反対賛成を両立させて記載することがある。しかし郵政民営化も同じであるが、改革の意見に対し対抗する意見がある。改革に対し反対すると言うことは抵抗するということである。このように単に賛成反対ではなく既得権益が何であり既得権益をどの程度、どのように削減するかという点を明らかにすべきである。