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平成16年(ワ)第10887号損害賠償等請求事件 準備書面
平成16年(ワ)第10887号損害賠償等請求事件
原告 大 谷 徹 郎  外
被告 社団法人日本産科婦人科学会 外

準  備  書  面

平成18年4月14日
東京地方裁判所 民事第49部 合議A係 御中
    原告ら訴訟代理人
                 

 

弁 護 士  遠  藤  直  哉

弁 護 士  水  野  靖  史

弁 護 士  弘  中  絵  里

弁 護 士  村  谷  晃  司

弁 護 士  高  柳  孔  明


第1
相互転座をもつ習慣流産患者の高い流産率と、着床前診断による流産率の減少
(別表1)
 被告日産婦会は、理事長武谷雄一と倫理委員長吉村泰典名で平成18年2月18日、「習慣流産に対する着床前診断についての考え方(解説)」(乙45)を公表した。この解説は、杉浦論文(上記考え方参考文献1の乙33、その全文甲175及びこれをまとめた甲176)、ESHREデータ集計3(上記「考え方」参考文献2(2002年)の甲177)、なお乙34(2004年)及びこれの全文甲178はデータ集計4)を充分検討しなかったばかりか、更にこれらに対する大きな誤解、誤読に基づき、著しい誤りをしているので、以下のとおり強く批判する。

1.一般的自然生殖の場合
一般的な自然生殖の場合に妊娠したものを母数とすると、流死産(自然流産)率は約15%、出産率は約85%となる(甲141)(甲181, Novak’s Gynecology 12th Edition 963ページ)。一般的自然生殖の場合には流死産率は下記相互転座に比べ、相当低い。

2.相互転座の場合
(1)韓国論文(chun et al.、甲140)、ムンネ(甲139、甲184)、牧野(甲138)およびベルリンスキー(甲185)の報告の場合には、約90%の流死産率であり、出産率は概ね5%〜10%に過ぎない。
(2)報告によってはロバートソン転座が含まれているものがあるが、これは相互転座より流産率が低い。実は、杉浦論文にも記載されている患者の個別データ(分析について別表6)から計算すると、記録された全妊娠232回のうち200回が流産に終わっており、86.2%という極めて高い流産率で、出産率は13.8%に過ぎない。これに対して上記「考え方」に記載されている流産率68.1%とは、杉浦論文によれば「診断後すぐ(第1回目)の妊娠」データである。被告日産婦は以下の誤りを犯した。
@杉浦は乙33の要約に「診断後すぐの妊娠」の流産率と記載している。データ収集開始時の短期観察データにすぎない。これを出したこと自体が恣意的だが、被告日産婦は「診断後すぐの妊娠」という記載無しに載せた。これは更に故意、又は重過失の恣意的引用である。
A杉浦のデータ分析(別表6)によれば、相互転座の診断がついた時に習慣流産の患者(3回目以上の流産)のみについてのその後の流産を含めた場合の流産率は89.8%、反復流産(2回の流産)を含むと上記86.2%となるが、被告日産婦はこれらの区別をしないばかりかこの数字自体を紹介しなかった。
(3) 杉浦論文は2回以上流産した者、すなわち、反復流産を含む患者を対象とした。又、約一ヶ月入院した者のみを対象としたため、入院しないままに流産した多数の患者は統計対象外となった。また、上記の通り杉浦は相互転座の診断が付いた後、次の妊娠での流産について統計を取っているが、2回の流産(反復流産)の後診断が付き、3回目で妊娠した者が20名も含まれているため、流死産率は比較的低めとなっている。それでも、流死産率68.1%であり、高率であると言える。習慣流産とは3回以上の連続流産の体験者であり、原告1番、3番、4番、5番を含む習慣流産患者では流産率はより高率になる。杉浦の報告のデータから、相互転座の診断が付いた時に2回の流産を経験していた者(反復流産)20名を除くと、診断が付いた次の妊娠での流産率は74.1%(20/27)、全ての妊娠(157回)のうち、生児を獲得したのは16回(10.2%)にすぎず、流産率は89.8%の高値になる。

3.着床前診断の場合
(1)原告大谷(甲145)の場合、相互転座の着床前診断で妊娠した者については現時点での流死産率は0%、予想出産率は100%となり、大成功を収めている。
(2)ムンネ博士の場合(甲184)の場合には流産率8.8%、出産率91.2%と、上記自然生殖の流産率15%をはるかに下回るものとなっている。
(3)韓国(甲140)の場合の流産率16.7%、ベルリンスキー(甲185)の場合の流産率17.8%は、一般的自然生殖とほぼ同様と言える。

4.結論
(1)相互転座(習慣流産、反復流産)の場合、着床前診断を実施することにより著しく高率の流死産率を一般的自然生殖より遥かに下げるか、または、ほぼ一般的自然生殖同様の流産率にすることができる。いわば、夢の治療法ともいえるのである。相互転座において着床前診断の有効性を判断するにはほとんどこの点だけで十分である。患者から流産の苦しみや恐怖を取り去り、出産という喜びを迎えさせるための唯一の積極的な治療法である。このような、明確な結論を理解することこそが重要である。杉浦のように「流産しても何度もトライし続ければ出産できる」という説明はまさに医師の倫理違反、法的説明義務違反である。何度も流産を続けると子宮内膜が破壊され、流産どころか妊娠さえできなくなる可能性があるのであり、治療法は十分に正しい説明を受けて理解した患者が自分で決定すべきものである。
(2) 被告日産婦会の発表は科学的データに基づかない極めて不正確な説明であり、社会および、マスコミに対して正確な情報開示をしていない。被告日産婦会理事長、武谷雄二総編集の新日本女性医学大系15(甲141)には、既往流産が2回と3回との間には統計上明確な差が存在するから、反復流産と習慣流産とを、治療上厳密に区別する旨が記載されている。相互転座についてもこれは同じであり、転座している染色体部位は患者によって違うから、流産しやすい不均衡型の受精卵の発現率も患者によって違い、習慣流産患者にはより流産しやすい染色体構造異常を持つ者が集まるから、相互転座による反復流産と習慣流産の患者の間には流死産率に明確な差が存在する。しかるに、被告日産婦会理事長武谷雄一らは、このことを知りながら、平成18年2月18日、「習慣流産に対する着床前診断についての考え方」で反復流産と習慣流産を混同して公表している。原告らは無論、相互転座による反復流産患者に対する着床前診断の実施に反対する者ではないが、原告1番、3番、4番、5番を含む習慣流産患者においては反復流産患者よりさらに高い流産率なのであるから、被告日産婦会がこれまで着床前診断を許可していなかったことの不法性がより高いと言える。1999年に田中温医師から転座に対する着床前診断が申請された際には「重篤な遺伝疾患とは言えない」と申請を門前払いし、2000年には同様の申請を同じ理由で、審査はしたものの却下しているが、これは極めて重大な不法行為であり、原告ら患者の基本的人権を侵害している。後述するように累積生児獲得率という不必要にして、不正確な概念を使用したことは問題である。よって、その理由に付き、付言する。
着床前診断の前提となる体外受精の妊娠率は患者の年齢が若いほど高いから、被告日産婦会が原告らがより若いうちに着床前診断を受ける機会を奪ったことは、原告らに重大な被害を与えた。韓国の報告(甲140)によれば相互転座の着床前診断の妊娠率は35歳未満の者では35.9%であったのに対し35歳以上では9.1%にすぎず、特に原告3番のように提訴時に35歳を越えていた者では、被告日産婦会が1999年に相互転座の着床前診断を認めていれば7回もの流産を繰り返すことなく提訴時までに生児を得ていた蓋然性が高く、被害は甚大である。

第2
 相互転座(習慣流産):着床前診断による出生率の上昇
(別表2)
 1.上記第1を前提とすると受精、着床から出産に至るまでの確率は以下の通りとなる。
(1)一般的自然生殖の場合
受精卵は着床しなかったり、着床しても、妊娠が確認される前に流れたりするものが70%であり、妊娠が確認されるものは30%にすぎない。そして、そのうち、さらに流死産するものが約15%あり、出産するものは受精卵あたり25〜30%である(甲111の36の292ページ、(甲181) Novak’s Gynecology 12th Edition、963ページ)。
(2)相互転座(習慣流産)の場合
自然生殖においては一般的自然生殖と同様にどんなに高く見積もっても妊娠が確認される率は30%である(30%以下と推定されるが、ここでは最大の30%と仮定する)。この内、90%が流産し、約10%が残ると、受精卵あたり3%しか出産しない。また、受精卵の内約20%が均衡型の染色体であることから推論すると、受精卵あたり5〜6%の出産率となる(自然生殖の25〜30%の20%)。このように著しく低い出産率となる。
(3)着床前診断の場合
着床前診断の場合には、一回につき約10個の受精卵から正常卵を選択するために、少なくとも一般的自然生殖と同程度かそれ以下に流産率は低下する。それゆえ妊娠した者の約85%は出産すると推定される。体外受精の回数(1回あたり)の成功率は以下の通りである。
@原告大谷(甲145)の場合、48%の妊娠率である。これは24組について29回実施して、14組成功したものである。
Aムンネ(甲184)、ベルリンスキー(甲185)、ESHRE(甲177)、韓国(甲140)、オギルビー(甲142)の場合には20〜40%である。妊娠した者の約85%は出産すると推定される。
2.「一般的自然生殖の受精卵あたりの妊娠率、出生率」と「体外受精の回数あたりの成功率」は本来は同一には比較できない。しかるに結論としては出生率が20%ないし40%となることは変わりない。以上のことは、第1の説明の通り、相互転座の自然生殖における流産率の高さが原因しているだけなのである。その理由は第3の通りである。

第3
 体外受精と着床前診断の成功率
(別表3)
 一般の体外受精、着床前診断、一般的自然生殖の出産率はいずれも下記の通りほとんど同じである。前記の通り一般的自然生殖の場合には受精卵当たりの妊娠率出産率は約25%からどんなに高くても30%である。これについて一般的に自然生殖の場合には高率の妊娠率出産率が考えられているがそれは基本的に誤りである。これに対して一般的体外受精においても着床前診断においても採卵した者のうち出産するものは約20%、胚移植した者のうち出産するものは約30%である。すなわち体外受精や着床前診断において人為的に受精させた場合には、全ての者に胚移植できるわけではなくそこで若干減少する。次に胚移植した場合でも着床しなかったり妊娠しなかったり流産したりする場合がある。そのプロセスはほとんど一般的自然生殖における受精後のプロセスと同じである。しかしながら、複数の受精卵の中から良好なものだけを選んで胚移植するので、これは妊娠率、出産率を上げる方向に働く。以上の通りであり、体外受精は一般的自然生殖に比べて確率が低いというような説明があるが、それも間違いである。

第4
 着床前診断の優位性
 
(別表4、別表6)
 1 杉浦論文の結論
 習慣流産とは、3回(以上)流産した者をいう。反復流産とは、2回流産した者をいう。被告日産婦は、乙45で「習慣流産に対して着床前診断の審査基準を明確に致しました」としている。しかし、解説の中では、反復流産を含む形で報告されている。そして累積生児獲得率は、着床前診断と自然妊娠の場合でほぼ同率としている。これは誤りである。
杉浦の論文はデータが少なく正確とは言い難いが、これによっても以下の通り着床前診断の優位性は明らかである。

 上記では、流産率が70〜75%となる。着床前診断の場合には、妊娠すれば流産率は約10%にすぎず、約90%は1回で出産することとなる。2回の妊娠で約99%出産することとなる。
累積生児獲得率は、同じ対象者に多数回流産をくり返させる程に高率になる。この多数回の流産を避けるのが着床前診断である。世界中で着床前診断を実施している状況の中で、これを説明することなく累積生児獲得率自体のデータをとったこと(例えば13回流産させたこと)は、恐るべき人体実験に他ならない。
2 杉浦の相互転座の自然生殖における報告
杉浦と被告日産婦会は患者あたりの累積生児獲得率は68%とする。しかし、被告日産婦は対象者が平均4回流産し、5回目の成功であることを何ら記載していない。すなわち、流産の可能性が習慣流産(連続3回以上の流産)ほどには高くない反復流産(流産2回)を含む患者が17年間何回もトライし続け、かつ、1ヶ月入院した者のデータをもって結論づけたものである。
さらに、相互転座の診断が付いた時に反復流産(2回流産)だった者20名を除いた27名について杉浦の報告のデータから計算しなおすと、診断が付いた次の妊娠での流産率は74.1%(20/27)になり、また、これらの患者の内、一人でも生児を得た者は59%(16/27)であり、これが相互転座の習慣流産患者の累積生児獲得率の観測値となる。17年間に流産を何回も繰り返しても結局生児を得ることができなかった者が41%にものぼることになる。生児を得た患者16人は平均5.44回の流産を経験しており、生児は平均6.44回目の妊娠でようやく得られている。
3  着床前診断の場合には妊娠した場合には1回目であっても、上記第1の通り、大谷100%(予想)、ムンネ91%、韓国、及びベルリンスキー80%以上の成功率となっている。これに対して、相互転座の反復流産や習慣流産の患者について、自然生殖の場合には下記のとおり、流産を平均4〜5回繰り返さないと出産できないといえる。
4  杉浦と被告日産婦会はESHRE(甲177)の誤読をしている。ESHREにおいては相互転座についての着床前診断を96回実施したとの報告がある。着床前診断を受けた者の人数は明らかにされていない。不明である。そして、不妊症(Infertile)は25人であり、17人が妊娠したとなっている。不妊症25人のうち17人が妊娠したわけではない。杉浦と被告日産婦会はこれを誤読し、25人分の17人イコール68%とした。乙34では、Infertileを「患者数」と訳して、「相互転座の患者数」ととらえた。正確には「不妊の数」と訳すべきである(甲178)。これは完全な誤読であり、比較すべき何らの数字でもない。この誤読の原因は、被告日産婦会が「産科婦人科用語解説集」(1988年)などで不育症を「Infertlity」と誤訳しているためと推察される(甲179、甲180)。「不妊症」は「妊娠しないもの」、「不育症」は「妊娠しても流死産するもの」である。世界的に権威を認められている婦人科学の教科書(甲181) Novak’s Gynecology 12th edition915ページでは「Infertilityとは1年間避妊せずに性交を持っても妊娠しない事と定義される」としており、これは不妊症の定義であって、不育症ではない。不妊症と訳している正しい指摘(甲182)、文献(甲183)もある。吉田耕治博士(甲182)の「Sterilityは医学的な治療をしないと妊娠しない、Subfertilityは自然にも妊娠しえるが妊娠率が低いものを言う。合わせてInfertility。不育症はRecurrent pregnancy lossという言葉が適当である」の結論が正しい。さらに、ESHREデータ収集4(乙34、甲178の1、甲178の2の29頁)では、着床前診断による多数の男女産み分け(PGD for social sexing =社会的適応による産み分け目的の着床前診断)が報告されているが、そこでは、「Number infertile」が「0」となっており、明らかに転座保因者(患者数)を記載する必要はなく、参考に不妊症を上げているのである。
Infertilityを不育症などとしているのは世界広しといえども被告日産婦会だけであろう。被告日産婦会は定款によれば、産科学及び婦人科学の進歩・発展を図りもって人類・社会の福祉に貢献することを目的としているが、実際には国際的にも閉鎖的な体質をもって、日本の産婦人科の進歩を妨げていることの一端が図らずも明らかになっている。
また、ESHREの統計は1年間のデータであり、17年間のデータの累積である杉浦の報告とは、この面でも比較にならない。


第5
 累積生児獲得率の検証
 
(別表5, 別表6)
 1.累積生児獲得の意味
流産率を90%、出産率を10%とした場合には別表5の通り、7回目の妊娠で累積生児獲得率が52.2%となる。杉浦論文によれば、4.66回目に25.9%の出生率であり、6.66回目には累積で59.2%となる。ほぼ近似している。このように回数を重ねることに重大な意味がある。被告日産婦はこれを全く無視している。
2.杉浦は流産2回以上の患者で約1ヶ月入院した者について、相互転座の診断がついた次回の妊娠のうち、68.1%が流産したとした。しかしながら、習慣流産とは連続3回以上の流産であり、習慣流産患者ではより流産しやすいタイプの相互転座を持つ者が集まるため、流産率はさらに高率になる。杉浦論文のデータから、相互転座の診断が付いた時に2回の流産を経験していた者(反復流産)20名を除いて計算すると、診断が付いた次の妊娠での流産率は74.1%(20/27)、生児獲得率は25.9%になる。
生児を得た患者は診断前に平均3.66回の流産を経験していた。この事実と上記の生児獲得率から計算すると、
   4.66回目の妊娠では生児獲得率は25.9%
   5.66回目の妊娠では累積生児獲得率は
            25.9+74.1%×0.259=45.0%
   6.66回目の妊娠では累積生児獲得率は
            45.0%+55.0×0.259=59.2%
となる。これらの患者の実際の流産歴を調べると、生児を得た患者では5.44回(87/16)の流産を経験している。従って、生児は6.44回目に得られたことになる。
実際のデータでは6.44回目で59%の生児獲得率、計算上は6.66回目で59.2%の生児獲得率という事になり、計算と実測値が符合する。
累積生児獲得率を考える際に重要なのはかかる多数回の流産を繰り返した上で、一人子供ができる可能性を示しいているにすぎないことである。着床前診断であれば、妊娠すれば約85%〜100%は出産に至るので、流産をかくも多数回繰り返さずに済む。
3.結論
相互転座について、自然妊娠と比較して着床前診断の優位性は明らかである。被告日産婦会は、相互転座の習慣流産について、上記の誤りの発表をした。
被告日産婦会は上記「習慣流産に対する着床前診断についての考え方」(乙45)の中で、『遺伝カウンセリングが実施される必要がある。 その中で染色体転座に起因する習慣流産症例に対する着床前診断実施後の生児獲得率は現在のところ(ESHRE PGD Consortiumの長期調査:68.0%)、染色体転座に起因する習慣流産症例における自然妊娠での累積生児獲得率(Sugiura-Ogasawara et al. :68.1%)とほぼ同率であり、染色体転座に起因する習慣流産に対する着床前診断の優位性は確立していないこと(中略)についても言及しておく必要がある』としているが、この通りにカウンセリングを実施すると、上述のとおり錯誤データに基づく説明を行うこととなり、患者は正確な情報を得ないまま、治療法についての決断をすることになる。これは、法的説明義務違反である。かかる、間違ったデータに基づく会告に会員が従う必要がないことは自明である。

第6  数的異常
1 相互転座は夫婦の体細胞などに染色体構造異常がある場合であり、年齢に関わらず一定の流産率であるが、数的異常は年齢と共に増加する。数的異常とは異数性と倍数体を含むものである。夫婦の染色体に構造異常が無くても、減数分裂時などに発生するものである。数的異常の受精卵は着床すらしない場合も多い。数的異常のある受精卵の内、出産可能性は3%以下しかない(甲187沼辺博直「胎児の異常と奇形−常染色体異常」産婦人科の世界Vo1. 53 No.8 771-781, 2001)。数的異常の受精卵、特にモノソミー(本来は2本あるべき染色体が一本しかない)の受精卵は着床すらしない場合が殆どである。女性の年齢が上がるにつれて明らかに流死産率は上昇するが、この大きな原因の一つが加齢による数的異常をもつ受精卵の増加である。数的異常の受精卵の頻度は35歳〜40歳にかけて上昇し、40歳以上になると極めて高率となり、それに伴い40歳以上で体外受精を受けて妊娠した妊婦の40%以上が流産する(甲186ムンネら、Preimplantation genetic diagnosis significantly reduces pregnancy loss in infertile couples: a multicenter study. Fertil Steril 2006;85:326 -32.)。
他方、数的異常を原因とする習慣流産は若年婦人にも見られるが、特に高齢婦人に多い。母体が高齢になるほど自然流産胎児の染色体異常の頻度は増加し、特に40歳以上の場合は約80%がトリソミー型の染色体異常である(甲188佐藤孝道、特集:流産の予後判定「染色体異常の視点から」産婦人科の世界 Vo1. 43 No.3 153-157, 1991)。
2 30代後半以降の不妊に悩む患者は体外受精の適応になるものも多い。生殖可能年齢の上限が近づいており、より、妊娠の可能性の高い治療が望まれるためであり、卵管通過障害、男性不妊、原因不明、等々、種々な原因の不妊症に適応となる。体外受精を実施する際に数的異常の着床前診断を付加することは容易である。患者の負担は一般的体外受精と同じである。着床前診断により、体外受精後の流産率を低下させることが証明されている(甲186)。これをPGS(着床前診断スクリーニング)という。構造異常の場合には血液検査などで事前に異常が判明している者を対象に着床前診断を実施するが、数的異常の場合には、事前には判明しえない対象に広く実施するものであり、スクリーニングというのである。欧米では広く実施されている。高齢で体外受精を受ける患者は生児を望んでいるのであり、流産を望んでいるわけではないことは言を待たない。このような場合、充分な説明を受け理解した上で本人の選択により流産の可能性を減らすために着床前診断を受けることは基本的人権である。被告日産婦会がこれを認めていないことは明らかな憲法違反である。
                                                   以 上